◆ビジネススクール(高度職業人養成プログラム)
石崎晴義「定年経験者における組織再社会化の内容と社会化戦術の効果」
[要旨]
近年の高齢者を取り巻く労働環境の変化を受けて、その戦力化のための組織的施策に関する議論が盛んに行われるようになってきた。しかし、定年後に新たな役割を果たすのに必要な社会的知識・技術を再学習するプロセス、すなわち組織再社会化に着目して研究されたものは見当たらない。
そこで本研究は、定年後の再学習プロセスとしての社会化内容と、組織による適応促進施策である制度的社会化戦術との関係を分析し、高齢労働者の戦力化に資する組織的施策を明らかにすることを目的として実施した。従業員数5,001名以上の企業で定年を迎え、定年後に勤務経験のある男女を対象として、インターネット調査によって得られた305名のデータを定量的に分析した結果、次の点が明らかになった。
因子分析の結果、定年経験者の社会化内容(学習)課題として「学習棄却」「役割理解」「社会的受容」「知識活用」「職務熟達」の5因子が抽出された。この5因子と、「上司・同僚による指導・助言」「職務教育」「キャリア支援」の3因子からなる制度的社会化戦術によって、重回帰分析を行った。
重回帰分析の結果、職場の「上司・同僚による指導・助言」は、定年経験者の「学習棄却」「役割理解」「社会的受容」「知識活用」を高めていた。組織が公的に行う「職務教育」は、「知識活用」「社会的受容」「職務熟達」を低下させていた。組織による「キャリア支援」は、これらの社会化内容に影響を及ぼしていなかった。この結果により、定年経験者の組織再社会化を促すには、身近な存在である職場の上司や同僚による指導・助言が重要な役割を果たすことが明らかになった。また定年を迎えた高齢労働者には、組織が公的に実施する職務教育は負の影響を与えることになりかねず、キャリア支援は効果が小さいことが明らかになった。
降任、転職など、個人のキャリア上の大きな変化が結果に影響している可能性も考えられたため、追加分析として交互作用分析を行った。その結果、「上司・同僚による指導・助言」は、定年時に転職をした層では「学習棄却」に正の影響があった。「職務教育」は65歳~70歳の高年齢層では「学習棄却」「社会的受容」に負の影響があった。「キャリア支援」は定年前に課長以上の役職者であった層では「知識活用」に正の影響があったほか、59歳以下で早く定年が訪れている層では「社会的受容」「知識活用」に正の影響があった。交互作用分析の結果により、定年経験者への組織再社会化の施策の効果性は個人のキャリアや年代によって異なり、個人の状況が大きな影響を与えていることが明らかになった。
本研究により、定年経験者の制度的社会化戦術と社会化内容(学習)の関係が明らかになり、組織的施策が組織社会化に及ぼす効果が、新人や中途採用者と定年経験者では異なるという新たな知見を組織社会化研究に加えることができた。また、本研究において、職務満足度などの二次的成果ではなく、組織的施策の一次的成果として再学習プロセス(社会化内容)を明らかにしたことは、人的資源管理の新たな研究の端緒を開いたと考える。加えて、役職の違いや転職、年代など、個人の立場の違いが組織再社会化に影響することを明らかにしたことにより、個人の立場上の変化が組織再社会化の契機となることも示唆できたと考える。
尾上学「社会福祉施設におけるコミットメント施策がリテンションに与える影響」
[要旨]
1 問題意識・研究の意義
福祉業界では、人手不足が大きな問題となっている。人材の獲得が難しいだけでなく、従業員が職場に定着しないことにも起因している。人材が定着しないことはコスト上の問題だけでなく、従業員の知識やスキル等が事業所に蓄積されないことやサービス利用者の生活の不安を招くことにもつながる可能性がある。
本研究では、福祉の業界の特性を踏まえ、何によって従業員が定着するのかを明らかにしていきたい。そのため離転職を予測する概念として多くの研究で注目されてきたコミットメントを用いて、組織と従業員の側面から規定されたコミットメントが、リテンションに与える影響を検証する。
2 先行研究レビュー
ヒューマン・サービスは、非貯蔵性、無形性、一過性等という特徴を持つので、組織の成果は、合理的なマネジメントや量的な計測が難しい(田尾, 2001)。中でも社会福祉サービスは、クライエントの困難状況の改善や緩和と日常生活の安定を目指す方法や技術であり、従業員はクライエントと関わり続けることが求められる(空閑,
2012)。
この分野のコミットメント研究では、組織だけではなく、職務や職業を含めて多重的に検証した研究が少なくない。最近では、顧客に対するコミットメントについて扱う研究が見られる(福間, 2012)。
従業員のリテンション研究では、コミットメントを高める施策が注目され、Ramsay et al.(2000)等は、施策が組織コミットメントを経由して、組織の業績向上や従業員の離職を減らすことを示している。ヒューマン・サービスを対象とした研究ではHarley, et
al.(2007)が注目される。
3 仮説の設定
先行研究を踏まえ、組織、職務、職業からなるワーク・コミットメントをベースに顧客を対象として加えた多重コミットメントをヒューマン・サービスのコミットメントとし、これらが従業員のリテンションに正の影響を与えると仮定する(仮説1)。
コミットメント促進の先行要因として、組織が従業員に期待する内容を伝えるメッセージとして、従業員が主観的に捉えるとされる人事施策を設定する(仮説2)。
ヒューマン・サービスの近年の動向から、ハイ・コミットメント施策以外にも、福祉の事業所における組織階層と世代構成の変化に対する人事施策が、従業員のコミットメント等に影響すると仮定する(仮説3)。
4 調査・分析方法
東京都内の障害者支援施設154か所のデータを用いて分析を行った。
5 調査の結果
コミットメントは、因子分析によって、情緒的、職務、職業、顧客コミットメントに整理された。
仮説1は、情緒的コミットメントが勤続期間に正の影響を及ぼしたのに対して、職務コミットメントは、勤続期間に負の影響を与えた。その他のコミットメントについては、リテンションへの効果が認められなかった。
さらにコミットメントの組合せによる傾向を見るために、クラスタ分析を行ったところ、
4つのクラスタが見出され、「ハイ・コミットメント型」、「ミドル・コミットメント型」、「仕事偏重型」、「ロー・コミットメント型」と整理した。
タイプごとにリテンションの対象者である困難な職務へ取り組む従業員との関連を見ると、ハイ・コミットメント型からロー・コミット型に向かうほど困難な職務へ取り組む従業員の割合の少ない傾向が強くなる。勤続期間については、ロー・コミットメント型の勤続期間が最も長く、仕事偏重型で勤務期間が短い傾向が見られた。
仮説2は、他の従業員の業務の進度や成果にも影響する業務を任せるような職務設計が、すべてのコミットメントに正の影響を示した。また、能力開発の強化が顧客コミットメントに効果があった。コミットメントのタイプでは、ハイ・コミットメント型が、積極的に施策を実施している傾向が見られた。一方、情報提供に関しては、ロー・コミットメント型では、法人や事業所の経営方針を仕事と関連付けて伝えていないか、または経営方針を伝えていない事業所が他のタイプよりも高く、仕事偏重型では、職務設計のような他の施策の状況と比べ、特に能力開発に積極的に取り組む傾向が見られた。
仮説3は、組織階層については有意な影響が見られなかった。また世代構成
4つに分類したタイプごとに先に分類したコミットメントのタイプとの関連を見ると、20代他型と50・60代中心型でハイ・コミットメント型の割合がともに約35%を占めるのに対して、30代中心型では約20%となっており、やや割合が低い傾向が見られた。また、年代構成のタイプごとの人事施策のうち、タイプによる差が見られた能力開発について見ると、30代中心型では取り組みが積極的でない傾向を示した。
6 考察
第1に、職務コミットメントが負の影響を与えるのは、職務内容が必ずしも経験や能力に相応でないと認識される可能性を示すものと考えられる。
第2に、リテンションへの影響が有意とならなかった職業コミットメントと顧客コミットメントは、専門性が活かせないことによる影響と言うより、職業コミットメントに関する質問への回答が全体的に高くない傾向にあったことにも起因すると考えられる。また、顧客コミットメントも有意な効果が見られなかったが、やや従業員の定着率のよいハイ・コミットメント型の事業所とその反対の傾向がある仕事偏重型の事業所の2タイプにおいて顧客コミットメントが強いことが、分析に影響している可能性がある。顧客コミットメントが強いだけではリテンションにつながらず、情緒的コミットメントのような他のコミットメントとの組合せによって、定着への効果をもたらすことが予測できる。
第3に、少なくも情緒的コミットメントと顧客コミットメントがともに高いことが、リテンションの対象となる従業員の割合を増やすことにつながることが推測できる。勤続期間では、最もリテンションが低い傾向を示すのが仕事偏重型である。リテンションに正の影響を与える情緒的コミットメントが最も低いことの結果であると推測される。
第4に、施策がコミットメントを高めるのに有効であることから、施策を単独で捉えるのではなく、従業員の施策への認知や態度とともに見ていくことが重要であることが示唆された。
第5に、他の従業員の業務の進度や成果にも影響する業務を任せる職務設計が、従業員にとってプレッシャーともなるが、組織に所属していることを実感させ、協力し合うことで個人にかかる負荷を軽減するものと考えられる。
永山雄太「自治体病院職員の帰属意識についての研究」
[要旨]
本研究は、①自治体病院において、職員の職種ごと(医師、看護師、事務職ごと)の帰属意識が経営意識にどのような影響を与えるのか。また、②自治体病院職員の組織(病院)への帰属意識を組織としてどのようにして高めることができるのか、の2点を探ることが目的である。本研究では、「帰属意識」をアイデンティフィケーションという概念に依拠して検討した。
先行研究レビューでは、アイデンティフィケーション理論の概要、組織アイデンティフィケーションの結果要因・先行要因の概要、アイデンティフィケーションの対象の多重性の概要について概観した。また、病院組織・職員に関する特性についてもレビューを行った。そして、「経営意識」を、渡邊(2008)における「戦略的活動に対する意識」と定義した。この「戦略的活動に対する意識」とは、Kaplan
& Norton(2004)のバランスト・スコア・カードの4つの視点(財務、顧客、内部プロセス、学習と成長)からなる意識をいう。
先行研究レビューを踏まえて、大きく分けて2つの仮説を立てた。第1に、「アイデンティフィケーションと戦略的活動に対する意識との関係性」についての仮説を提示した。第2に、「組織アイデンティフィケーションとその先行要因(知覚された組織的支援、手続的公正)との関係性」についての仮説を提示した。
導出された仮説を検証するために、自治体病院において、医師、看護師、事務職を対象にアンケート調査を実施した。
かかる調査の因子分析の結果から、戦略的活動に対する意識は、患者満足の向上を図る意識として「顧客満足の視点」と、財務面、内部プロセスの面、学習と成長の面から組織に貢献する意識として「組織貢献の視点」の2つの因子に分かれた。
重回帰分析により検証を行ったところ、まず、1つ目の仮説である「アイデンティフィケーションと戦略的活動に対する意識との関係性」については、次のような結果となった。
①医師については、組織アイデンティフィケーションは、戦略的活動に対する意識と有意な関連性は示されなかった。しかし、組織アイデンティフィケーションとプロフェッショナル・アイデンティフィケーションの交互作用項は、戦略的活動に対する意識の組織貢献の視点と有意な正の関連性が示され、顧客満足の視点とは正の有意傾向が示された。
②看護師については、顧客満足の視点については、組織アイデンティフィケーションとは関係がなく、プロフェッショナル・アイデンティフィケーションと正の有意傾向を示した。また、組織アイデンティフィケーションは、組織貢献の視点と有意な正の関連性が示された。
③事務職については、組織アイデンティフィケーションは、顧客満足・組織貢献の視点の両方と有意な正の関連性が示された。
次に、2つ目の仮説である「組織アイデンティフィケーションとその先行要因」との関係性については次のような結果となった。知覚された組織的支援は、医師、看護師、事務職のすべての職種で、組織アイデンティフィケーションと有意な正の関連性が示した。しかし、手続的公正は、すべての職種で、組織アイデンティフィケーションと有意な関連性が示されなかった。ただし、手続的公正は、知覚された組織的支援を通して、間接的に組織アイデンティフィケーションへ正の影響を及ぼしていることが示唆された。
従来、同一の組織に所属する医師・看護師・事務職の職種ごとに、組織アイデンティフィケーションがその結果要因に与える影響を調査した先行研究は存在しない。そこで、本研究は、同一の組織において、組織アイデンティフィケーションが戦略的活動に対する意識に与える影響を調査し、職種ごとに組織アイデンティフィケーションが異なる影響を与えたことを示した点で理論的含意がある。また、職種を問わず、病院への帰属意識を高めるためには、「知覚された組織的支援」が重要であることを示した点で、実務的含意がある。
平田厚「職業人生を通じて獲得する能力と人生の満足度に関する実証研究」
[要旨]
仕事と生活の調和を通じて豊かな人生を実現していこうとする「ワークライフバランス」の考え方が世間に浸透して久しいが、企業においては「働く時間」と「生活の時間」という「時間」のトレードオフをライフイベントに合わせて如何にバランスさせるかという単一的な議論や施策が中心となっている。また、これまでの研究においても仕事と私的生活のネガティブな関係に着目した研究が多く、ポジティブな関係を取り扱った研究においても「仕事を通じて獲得する能力」と「生活・人生の満足度」の関係に着目した研究は少ない。
そこで本研究では、一般企業A社 (電子部品製造大手、従業員5,000人以上) のOB会メンバーを対象に、質問紙調査及びそれを補足・補強する意味合いでインタビュー調査を実施し、量的・質的の両面から「仕事を通じて獲得する能力」と「人生の満足度」の関係を明らかにしようと試みた。仕事を通じて獲得する能力として、Katz
(1955)の「テクニカルスキル」「コンセプチュアルスキル」「ヒューマンスキル」の3つのスキルを軸に調査結果の分析を進めた結果、次の内容が明らかとなった。
質問紙調査では、コセプチュアルスキルが人生の満足度に対して直接的にプラスの影響を与えていることが明らかとなった。具体的には、コンセプチュアルスキルの因子である「論理的思考への自覚・探求心」因子が、人生の満足度の因子である「自己価値観の尊重」因子、「自己課題性」因子、「貢献の価値観」因子の3つの因子にプラスの影響を与えていることがわかった。また、コンセプチュアルスキルの因子である「客観的に適切な判断」因子が、人生に対する満足度の因子である「貢献の価値観」因子にプラスの影響を与えていることがわかった。一方で、ヒューマンスキルについては本研究における仮説とは反対に、人生の満足度に対して直接的にマイナスの影響を与えていることが見出された。具体的には、「ヒューマンスキル」因子が、人生の満足度の因子である「貢献の価値観」因子にマイナスの影響を与えていることがわかった。
インタビュー調査では、コンセプチュアルスキルと人生の満足度の正の相関を裏付ける具体的なエピソードが多数得られたことに加えて、コンセプチュアルスキルの能力が高い人は、職業人生において達成すべき目標や身につけるべき能力を自らに設定し、業務を通じてそれらを達成していくことに集中していたことが明らかとなった。一方で、質問紙調査で見出されたヒューマンスキルと人生の満足度の負の相関を支持する具体的なエピソードは得られなかった。
本研究によって、「仕事」と「生活・人生」の両方においてポジティブな影響を与える能力が「コンセプチュアルスキル」であることを明らかにするとともに、そのメカニズムについても量的・質的の両面から重要な示唆を抽出することができた。また、質問紙調査において「ヒューマンスキル」と「人生の満足度」の負の相関が見出されたこともこれまでの研究に対して新たな示唆を与える内容であり、今後の研究につながる観点を提示できたものと考える。
平塚健次「地方公務員における個人と組織の関わり合いとキャリア発達について-初期キャリアにおける組織コミットメントの実証研究-」
[要旨]
本研究の目的は、行政組織における個人と組織の関わり合い方と長期的なキャリア発達との関連性を組織コミットメントの概念を用いて明らかにすることである。
先行研究レビューでは、Allen & Meyer (1990)
の3次元コミットメントモデル、①情緒的コミットメント(AC)、②存続的コミットメント(CC)、③規範的コミットメント(NC)について確認した。また、キャリアについて、一生を通じて追及する専門分野への指向性を表す概念であるキャリアコミットメント (Blau, 1985) 、キャリアの方向性を規定する職業上の自己イメージとしてのキャリア・アンカー (Schein , 1990)
を概観した。そして、本研究のメインテーマであるコミットメントプロファイルを確認し、①コミットメントの組み合わせとして複眼的に捉えることで、コミットメント単独では捉えきれない、複雑な人間の心理を捉えることができるということ、②コミットメントプロファイルの結果として、キャリアに対する意識を想定することの妥当性を示した。
先行研究レビューを踏まえて、
【仮説1】組織コミットメント、キャリアコミットメントの概念を用いた、東京都職員が有しているコミットメントプロファイルについて、
【仮説2】仮説1で見出したコミットメントプロファイルが、職員のキャリアに対する意識に与える影響について、
【仮説3】東京都職員の組織コミットメント、キャリアコミットメント、コミットメントプロファイルを決定する要因について、
大きく3つの仮説を設定した。
仮説の検証のため、東京都に勤務する職員のうち、入都1年目から10年目までの職員を主な対象としてアンケートを実施した(有効回答数313)。
Allen & Meyer (1990) の3次元コミットメント尺度、Blau (1985)
のキャリアコミットメント尺度を用いた因子分析の結果、AC、CC、NC、キャリアコミットメント、「最初に配属された局」に対するコミットメントの5つの因子が抽出された。
【仮説1】
因子分析により抽出した5つの因子のうち、AC、CC、NC、キャリアコミットメントを用いてクラスタ分析を行った結果、高関与型、存続型、情緒型、低規範型が抽出された。当初想定していた、CCのみ低い集団、キャリアコミットメントのみ高い集団、全てのコミットメントが低い集団が抽出されず、想定していなかった低規範型が抽出された。
【仮説2】
コミットメントプロファイル別にキャリアに対する意識とキャリア・アンカーについて比較した。キャリアに対する意識については、管理職・監督職・その他をそれぞれ全庁的・特定分野に分類した項目の割合の比較、分散分析、多重比較を行った。キャリア・アンカーについては、生活様式、専門・職能別コンピタンス、全般管理コンピタンスに関して、分散分析、多重比較を行った。
高関与型は、管理職志向、監督職志向に強い相関が確認できる。また、低規範型はさらに管理職志向が全庁的・特定分野ともに強い。義理や恩義といった規範を重視するのではなく、高いキャリアコミットメントにより、公務員としての仕事を重視する姿勢が、より大きな成果を求めることに繋がっていると考えられる。また、存続型では、管理職志向が弱く、キャリアに対する意識自体も弱い傾向が見られるが、高関与型との比較により、CCに積極的な面と消極的な面があることが示唆された。
情緒型は、管理職(全庁的)とは相関が強いが、管理職(特定分野)とは相関が弱い。組織に愛着や一体感を感じているため、組織のために貢献したいという思いはあるものの、入都10年目までに自分のキャリア意識を明確に示すことができず、漠然としている状況であると考えられる。
【仮説3】
コミットメント単独及びコミットメントプロファイルに対する影響を検証するため、個人特性及び個人経験を独立変数、AC・CC・NC・キャリアコミットメント・最初に配属された局に対するコミットメント・高関与型・存続型・情緒型・低規範型を従属変数として、重回帰分析を行った。さらに、一皮むけた経験の有無の影響を測定するために、コミットメントプロファイル別にクロス集計を実施した。
高関与型は、上司との良好な関係が正の影響を及ぼす傾向があるものの、個人特性、個人経験で有意な関連が見られなかった。存続型については、個人の特性として挑戦・成功欲求が強いと弱まり、目指すべき職員がいないと高まることが示された。失敗を恐れずに、新たな課題に取り組む姿勢が見られない、組織にとっては好ましくない集団と言えるだろう。情緒型は挑戦・成功欲求が強いと強まり、達成・成長志向の仕事遂行が強いと強まるという非常に前向きな集団と言えるが、目指すべき専門職の存在が無いために、具体的な自らのキャリアイメージが描けていない状況であると考えられる。
低規範型は、勤続年数及び中途採用が正の影響を及ぼしており、キャリアコミットメントが高いことから、着実に成果を出しながら前向きに取り組んでいる集団と言えることができる。一方で、目指すべき管理職とは負の関係にあり、古い体質や旧来以前の管理職に反発する新しいタイプの公務員と言えるかもしれない。こうした職員は、入都間もなく、前例踏襲的でない経験をしたり、内向きな都庁の仕事ではない外部と接触する機会を得ることで、より現実的な仕事と向き合うスタンスが生まれた可能性がある。
(結論)
東京都職員のキャリアに対する意識が低いのは、存続型や情緒型の存在が原因であることが示唆された。一方で、初期キャリアにおいて、上司と良好な関係を築くことや一皮むけた経験を積むことで、高関与型に移行する可能性があること、低規範型は、都政が抱える未経験で困難な課題に積極的に取り組むタイプである可能性があることが示唆された。
本研究では、キャリア意識を組織コミットメントの視点から明らかにしたこと、組織コミットメント、キャリアコミットメントの組み合わせとしてのコミットメントプロファイルを抽出し、若手職員のコミットメントのダイナミズムを明らかにしたことに理論的な含意がある。
また、主体的に自らのキャリアを考える組織にとって好ましいコミットメントプロファイルを明らかにしたことで、初期キャリアにおいてこれらを高める施策の重要性を示した点で、実務的な含意がある。
◆研究者養成プログラム
藤澤理恵「組織を一時的に離れる経験が促進する組織社会化-ワーク・アイデンティティの変化と適応行動としての役割変革-」
[要旨]
本研究の目的は、組織を一時的に離れる経験が促進する組織社会化プロセスを、ポジティブ組織論 (positive organizational scholarship)(Cameron, Dutton & Quinn, 2003)、ポジティブ・アイデンティティ研究(Dutton,
2009)の視点に立ち、役割変革行動が媒介するワーク・アイデンティティの(再)形成過程として検証することである。
これまでの組織社会化研究には1.新人が調査対象の中心である、2.組織が主体となる制度的社会化戦略の効果測定に偏っている、3.学習以外のパスが明示的に議論されていない、4.健全な適応と過剰適応の区別がなされていない、という4つの研究視点の偏りがある。そこで本研究においては、新人としての適応を一度達成した諸個人を対象とした、社会化戦術への反応に依らず個人が主体となる、成員性と自律性の成熟したバランスとしての適応を問う組織社会化研究のデザインを志向し、「組織参入後も継続する」、「組織や役割についての意味生成に関連した」、「自律的な個人が起点となる」組織社会化プロセスを実証的に検討することで、組織社会化研究に貢献する。
先行研究のレビューにおいては、2章において、組織社会化研究のあらましを確認し、研究視点の偏りを整理した上で、実証が少ないが理論的には指摘され続けてきた組織社会化プロセスの継続性と役割変革行動についての理論的な背景を整理した。また3章で、組織を一時的に離れる経験によってポジティブな組織行動が起こるメカニズムを検討するために、組織を一時的に離れる経験を「役割の大きな変化を伴うメンバーシップ資格の変更、メンバーシップの多重化などによって、当該組織のメンバーシップの顕現性の低下を導く経験(藤澤・高尾,
in press)」と定義した上で、多重役割間の互恵関係に関する研究と、多重アイデンティティに関連する認知プロセスに着目する研究を概観した。
先行研究のレビューによって、組織を一時的に離れる経験により変化するワーク・アイデンティティと既存の仕事役割との間にずれが生じ、そのずれを解消しようとする個人主体の(再)適応行動として役割変革行動が発現し、ワーク・ノンワークのアイデンティティが共活性するような仕事役割における環境を自ら創造することによって、組織(再)適応が実現するというプロセスを描き、検証した。
研究Ⅰは組織を一時的に離れる経験の典型例である育児のための休業・休暇の取得を取り上げ、休職中と復職後の二段階にわたって行った質問紙調査を用いて統計的分析を行った。研究Ⅱは別の事例としてプロボノ活動(社会的・公共的な目的のために、自らの職業を通じて培ったスキルや知識を提供するボランティア活動:嵯峨,2011)に参加経験のある社会人への質問紙調査を行った。
いずれの研究においても、ワークのアイデンティティの再評価とワークのアイデンティティゆらぎという2つのセンスメーキングが生じており、それぞれが役割の境界を拡大する変革行動につながり、そのような境界拡大的ジョブ・クラフティングが組織アイデンティフィケーション、職務関与、職務成果といった適応指標を高めることが確認された。
このようなワークのアイデンティティの(再)形成プロセスによって実現される適応状態は、個人化行動により多重アイデンティティの確証・共活性プロセスが成功することによって、個人と組織のアイデンティティの重なりが大きくなる組織アイデンティフィケーションであり、「組織の一員でありながらも自律性の感覚を保持し続ける状態(Jones,
1986)」を獲得する過程であった。
組織社会化研究に対する理論的インプリケーションは、1.インサイダーがアウトサイダーとなり再びインサイダーとなるという境界移行という組織社会化場面を見出したこと、 2. 学習内容による社会化のパスとは別に、組織との関係性そのものがもたらす認知的な影響を確認したこと、3.
組織社会化過程において個人が起点となる役割変革行動が生じる動機と環境を明らかにしたこと4.「組織の一員でありながらも自律性の感覚を保持し続ける状態(Jones, 1986)」としての適応を継続的に構築するプロセスを明らかにしたことである。
また実務的には、育児休業制度、従業員が参加する社会貢献プログラムをはじめとする組織を一時的に離れる従業員のための制度を整備することの意義と、制度設計のポイントを指摘した。そのポイントとは、変化し多重化するワーク・アイデンティティを積極的に受容するコミュニケーションの重要性と、創意工夫を喚起する風土を含む職務自律性を高め目標やタスクの共有である職務の相互依存性を低下させるような職務・職場設計によって、従業員自身が自己を表現できるような職務デザインを自ら設計し直すジョブ・クラフティングを行う環境づくりおよびそのような行動を促すマネジメントを行うことである。ジョブ・クラフティングの成功が自己と組織のアイデンティティの重なりを再形成する。
本研究には、調査対象の偏りや時系列調査の時間経過の短さ、使用尺度の妥当性についての限界がある。今後はより多くの種類の組織を一時的に離れる経験について、経験者と未経験者の比較ができるような研究デザインを行う必要がある。また、学習内容と成果についての指標を増やしていくという方向も考えられる。