◆ビジネススクール(高度職業人養成プログラム)

 

砂原啓毅「東京都職員の管理職昇任への意欲の説明要因-管理職に対する認知とキャリア関連変数からのアプローチ-」

 

[要旨]

第1章 はじめに

公平・平等な条件のもと、自らが選択できる状況において、管理職になろうと思う人と思わない人とに分かれてしまうのは、どのようなことに起因するのか。こうした問題意識の下、東京都職員を対象に、管理職になろうと思うか、思わないかという個々の意欲が、どのように説明できるかを理論的・実証的に考察する。

その前段として、本稿の研究の背景と目的を提示するとともに、研究対象となる東京都職員の人事体系と管理職への昇任の仕組みを概括し、管理職選考の実施状況や東京都職員の昇任についての意向を確認する。

 

第2章 関連する先行研究の整理

管理職への昇任に関する先行研究のうち、本稿の研究課題に関連が深いと思われる、管理職を回避する傾向に着目した研究、昇任の停滞に着目した研究を概観する。前者としては、「管理職になりたくない症候群」という現象や「上司拒否。」という心境を捉えた研究を取り上げる。後者としては、キャリア・プラトーやキャリア・ドリフトといった現象を捉えた研究を取り上げる。

 

第3章 研究課題へのアプローチ

 まず、本稿の研究課題が、仕事に対する動機づけ研究、各個人の主観的側面からのキャリア研究という2つの領域における課題としてアプローチしうることを述べる。続いて、前者の領域における欲求から認知へという理論の変遷を踏まえ、東京都職員の管理職に対する認知に着目するとともに、後者の領域からは、自己効力感、学習志向性、キャリア・モチベーション、困難・多様な経験など、個々の職員のキャリア意思決定に影響を及ぼす要因に着目し、研究課題への接近を図る。

 

第4章 研究方法

 前章までの検討を元に、管理職に対する認知、キャリア関連変数のそれぞれに関連づけた仮説を提起し、全体として管理職になろうという意欲をどのように説明することができるか、探索的に分析するための仮説モデルを設定する。さらに、仮説を分析・検証するために、管理職以外の職にある東京都職員を対象として実施した調査の方法について説明を行う。

 

第5章 研究結果

 調査の分析から仮説の検証を行う。まず、管理職に対する認知の因子分析では、想定していたポジティブな認知、ネガティブな認知以外に、長期的な職業人生を視野に、管理職になることを「通るべき道」として捉えている「キャリア・パスとしての管理職観」が第一因子として抽出されたことを述べる。仮説モデル全体に関しては、管理職になろうという意欲に対して、そのキャリア・パスとしての管理職観が非常に強く影響し、性別(男性)とキャリア達成への意欲・行動も影響を及ぼしていること、加えて、学習志向性、多様・困難な経験も、間接的に影響していることを明らかにする。

 

第6章 考察

 以上の分析・検証結果を踏まえ、考察を行う。まず、管理職になろうという意欲を説明する各要因について順に確認し、特にキャリア関連変数の中で唯一直接的な説明要因であるキャリア達成への意欲・行動について掘り下げる。続いて、当初の想定と異なり、キャリア・パスとしての管理職観が最も強い説明要因として抽出されたことを踏まえ、管理職に対する認知の構造について考察を加えた上で、そのキャリア・パスとしての管理職観を掘り下げ、都庁での勤続年数や採用種別の切り口から、管理職になろうという意欲の全体フレームを再考する。

 

第7章 結びに

 以上で述べてきた本稿の研究全体を総括し、要約する。その上で、本稿の研究結果や考察を通じて得られた示唆として、組織の視点から、職員のキャリア意識や自律性の向上を図ることなどを述べる。最後に、本稿の限界と今後の課題を示す。

 

樋口恒太「プロフェッショナルとしての会計士のマインドセットに関する実証分析-職業的懐疑心を対象に-」

 

[要旨]

本研究では、昨今の会計不祥事や粉飾決算の増加を受けて、2002年より日本の監査基準に明記された職業的懐疑心に注目し、会計士に不可欠なマインドセットである職業的懐疑心を高めることが、自らの中核的な社会的役割を果たすことにつながるとして、職業的懐疑心をいかに高めていくという問題に取り組む。

この問題意識をうけ、職業的懐疑心の高揚に影響を与える可能性をもった概念として、プロフェッショナルの役割要件、プロフェッショナル・アイデンティティ理論、プロフェッショナル・アイデンティティ形成・構築プロセス、社会的認知理論を想定し、実証分析を行った。

この分析からは、職業的懐疑心への影響構造が職位や年齢によって異なることや、プロフェッショナル・アイデンティティやプロフェッショナル・アイデンティティ形成・構築プロセスに関連する概念が職業的懐疑心の一部に正の効果をもつことが明らかになった。しかし、本研究で先行要件に想定した概念では説明できない職業的懐疑心の因子も発見され、本格的な研究が緒に就いたばかりの職業的懐疑心については、さらなる研究が必要であることも示された。

最後に、本研究の理論的インプリケーションと実践的インプリケーションについても議論する。

 

 

三浦達「男女均等施策及びワーク・ライフ・バランス施策が企業業績に与える影響-神奈川県における男女共同参画社会の実現に向けた提言-」

 

[要旨]

 本稿は、「男女均等施策及びワーク・ライフ・バランス施策の実施が、企業行動に何らかのポジティブな影響を与え、業績を押し上げるのではないか」という問いを立て、それを実証的に明らかにするとともに、その結果を踏まえて事業所及び行政の取り組むべき役割について提言することを主な目的としている。 

 そこで、男女均等施策及びワーク・ライフ・バランス施策の実施が、どのような効果及びプロセスを通じて、業績向上につながるかについて3つの仮説を立て、神奈川県内の事業所を対象にアンケート及びヒアリング調査を実施し、仮説検証を行った。 

 具体的には、先行研究を踏まえて、仮説1「男女均等施策及びワーク・ライフ・バランス施策の実施は、従業員の離職率の低下を通じて、企業業績の向上に寄与する。」、仮説2「男女均等施策及びWLB施策の実施は、従業員のモチベーションの向上を通じて、業績向上に寄与する。(仮説2a 男女均等施策及びWLB施策の実施によって、男性及び女性従業員のモチベーションが向上する。仮説2b モチベーションが向上することによって、生産性の向上・業務効率が改善する。)」、仮説3「男女均等施策及びWLB施策への経営トップ・管理職層の積極的な理解や姿勢は、それら施策の導入・実施に影響を与える。」の3つの仮説を立てた。また、それら3つの仮説を検証するため、神奈川県内の事業所を対象にアンケート調査を実施し、それを基に重回帰分析を行った。さらに、その結果を補完するため、ヒアリング調査も併せて実施した。 

 アンケート調査に基づく分析結果をまとめると、次のようになる。第一に、「経営トップや管理職層の男女均等施策及びWLB施策への積極的な理解や姿勢」が、「能力・適性に基づく職務への配置」、「残業削減のための積極的な取組み」、「男性従業員への女性従業員活用の啓発」に対して有意に正の影響を与える結果となった。第二に、上記施策及び「非正規社員から正規社員への登用制度」が、「女性従業員のモチベーション」に対して有意に正の影響を与える結果となった。第三に、「女性従業員のモチベーション」は、「業務効率・生産性」に有意に正の影響を与え、最終的に、「業務効率・生産性」が「業績」に対して有意に正の影響を与えることが分かった。 

 以上の分析結果に基づくと、仮説1については支持されなかった。仮説2については一部支持され、一部支持されなかった(仮説2aについては「女性従業員のモチベーションの向上」のみが支持され、仮説2bについては支持された)。仮説3については支持された。 

 一方、ヒアリング調査では、全ての仮説が支持されるような内容が見出された。 

 最後に、以上の両調査による分析結果を踏まえて、男女共同参画の推進及びWLBの実現のための事業所及び行政が取り組むべき役割として、前者は、「経営トップや管理職の男女均等施策及びWLB施策への積極的な理解や姿勢の確立」、「施策の実施(「制度改革」と「仕事の進め方の効率化」の推進)」を提言した。一方、後者は、「事業所の自主的かつ積極的な取組みを促すためのインセンティブ」を提言した。 

 

 

山本治之「地方自治体における成果主義的給与にかかる組織的公正研究」 

 

[要旨]

 本稿では、地方自治体において適用が始まっている、成果主義的人事制度導入の状況を概観するとともに、近年、めざましい発展を遂げている組織的公正にかかる諸概念について先行研究をまとめ、これらが、成果主義に対する見方、態度にどのような影響を与えているかについて、 2つの自治体職員へのアンケート調査の検証に基づき分析を行った。 

 分析の結果、新しい公正にかかるアプローチである、職員の公正知覚や公正風土といった公正因子は、全く効果がないとは言えないが、思ったほど成果主義に対する見方、態度に影響を及ぼしていなかったこと、結果としての衡平(分配的公正)は関係性が認められなかったこと、制度上の運用部分(手続き的公正)については相関関係や因果関係が見出せたこと、また、制度の対象者・非対象者となっているか否かにより、公正にかかる意識は大幅に異なることなどが検証できた。さらに、対象者となっている場合は、そうでない場合に比べ、組織成員の公正にかかる満足度や成果主義に対する納得度が、かなりシビアになることも確認できた。加えて、両自治体職員が、成果給的報酬として分配される額の少なさを理解しているからか、結果としての衡平分配(分配的公正)と成果主義に対する見方、態度には、有意な関係な関係が見出せないこと、一方で、制度上の整備・運用部分(手続き的公正)と成果主義に対する見方、態度との関係において関係性を見出せることなどがわかった。 

 全体的には、フェア・マネジメントを実現するという意味において、今回モデルとして使用した先行研究は、大まかに言えば否定されるものではなく、いくつかの検討すべき知見が得られたと考えられる。

 

◆研究者養成プログラム

 

高野慧「組織社会化における秘密の影響力-能動的組織社会化モデルの拡張に向けて-」

 

[要旨]

日本企業における雇用体系の変化やM&Aの増加などの影響を受けて、組織に新たに参入する新規参入者は必ずしも新規学卒者に限られるものではなく、様々な経歴や性質を持った個人が含まれるようになっている。こうした社会的な変化を受けて、個人の組織への適応プロセスの解明を行う組織社会化研究も従来のような新規学卒者を中心とした研究から、研究対象を広げる必要が求められている。本研究の目的は、新規参入者が直面する組織の現実について秘密の共有に焦点を当てながら再検討を行い、それが組織社会化の学習課題にどのような影響を与えるのかを検討することを通じて、研究分析上の新しい視点を提示することにある。

本研究における構成は、以下の通りである。

第1章では、研究背景および目的について述べられる。第2章は、組織社会化の定義を確認した後に、組織社会化プロセスにおける新規参入者を受動的な存在して扱うか、それとも能動的な存在として扱うかによって先行研究を分類し、レビューを行う。第3章では、新規参入者のプロアクティブ行動としての情報探索行動に着目し、そうした情報探索行動を通じて知覚される組織の現実が個人にどのような影響を与えるのか考察を行う。過去に組織社会化を新規参入者が経験しているか否かによって、組織の現実が与える影響は異なることが示唆される。第4章では、組織の現実のうち新規参入者をより組織に惹きつけ、メンバーシップの獲得につながる働きを持った組織の秘密について考察を行う。組織の秘密は、組織の外部者に隠された組織の裏事情を伝えることで価値観や組織文化の受容を促し、新規参入者をより組織に惹きつける力を持つと規定される。

第5章では、質問紙調査から集められたデータをもとに仮説の検証が行われる。分析の結果、学習課題達成と組織の秘密との間に統計的に有意な関係が見出された。最後に第6章では、本研究における含意と限界が提示される。