新井崇弘「個人の両利き行動に影響を与える認知的要因の解明~探索と深化の切り替え能力と能力の罠に注目して~」

 

【要旨】

本研究の目的は日本の大企業に勤める就労者がいかに組織のイノベーション創出に寄与する組織行動をとり得るのかを明らかにすることである。そのために近年、主にイノベーション研究の分野で世界的に注目されている両利き理論のうち、従来から研究の主流であった組織レベルの両利き研究の理論的な前進にも貢献し得ると言われている個人レベルの両利き研究に着目し、就労者がどのような認知的な要因によって探索と深化の行動を発現させているのかを研究する。

近年、学術の世界のみならず実務の世界においても両利きの概念が注目されている。従来は、組織レベルの両利きの研究が主流であったが、近年では、個人レベルの両利きのようなミクロのメカニズムに焦点を当てた研究がみられ始めており、両利き研究の更なる理論的な発展のために、組織レベルと個人レベルの2つの視点を組み合わせたマルチレベルの研究の必要性を求める論者も現れている。

そこで本研究では、組織レベルの両利き研究の理論的な前進にも貢献し得る、個人レベルの両利きに焦点を当て、日本の大企業に勤めるマネジャーや組織メンバーを対象とした定量調査をおこなう。具体的には、個人の両利きの先行要因の研究が、個人の両利きの重要性に比して少ないことを踏まえ、個人の両利き行動へ影響を及ぼすあらたな認知的要因を解明するために、探索行動と深化行動をタスク単位で柔軟に切り替える両利きの切り替え能力(以下、「切り替え能力」と呼ぶ)と、深化への傾倒をもたらす個人レベルの能力の罠(以下、「能力の罠」と呼ぶ)を、研究の新規性として取り上げる。

本研究ではリサーチクエスチョンを以下のとおり設定した。

RQ1:就労者の両利き行動に影響を与えている要因はなにか?

RQ2:両利き行動はパフォーマンスにどのような影響を与えるか?

RQ1では、先行研究で取り上げられてきた変数の一部を統制変数として含めつつ、「切り替え能力」と「能力の罠」を操作化したうえで両利き行動の先行要因として組み入れた。さらに上司のリーダーシップスタイルによる「切り替え能力」と「能力の罠」への調整効果を検証した。RQ2に関しては、両利き行動が革新的パフォーマンスと業務パフォーマンスに与えるという海外の先行研究を日本において追試確認した。

リサーチクエスチョンを踏まえて、6つの仮説を設定した。

仮説1 :「切り替え能力」は探索行動に有意な正の影響を与える。

仮説2 :「能力の罠」は、深化行動に有意な正の影響を与える。

仮説3-1:上司のオープンなリーダーシップスタイルは、「切り替え能力」の探索行動への影響を調整する。具体的には「切り替え能力」が低い場合には、上司のオープンなリーダーシップスタイルによる探索行動への効果があるが、「切り替え能力」が高い場合には、探索行動への効果はない。

仮説3-2:上司のクローズなリーダーシップスタイルは、「能力の罠」の深化行動への影響を調整する。具体的には「能力の罠」が低い場合には、上司のクローズなリーダーシップスタイルによる深化行動への効果があるが、「能力の罠」が高い場合には、深化行動への効果はない。

仮説4-1:両利き行動は、革新的パフォーマンスに有意な正の影響を与える。

仮説4-2:両利き行動は、業務パフォーマンスに有意な正の影響を与える。

日系の大企業就労者を対象とした質問票調査で214名から収集した回答をもとに、相関分析、重回帰分析、ロジスティック回帰分析を行った。その結果、「切り替え能力」が探索行動に、「能力の罠」が深化行動に、それぞれ有意な正の影響を与えていることが確認され、仮説1と仮説2を支持する結果を得た。仮説3-1では、上司によるオープンなリーダーシップによる就労者の探索行動への交互作用効果は見出されず、仮説を支持する結果は得られなかった。一方で、仮説3-2では、上司のクローズなリーダーシップスタイルと「能力の罠」の有意な交互作用効果が見られ、仮説を支持する結果を得た。さらに仮説4-1および仮説4-2では、海外の先行研究の追試として、両利き行動が革新的パフォーマンスと業務パフォーマンスに与える影響をそれぞれ検証し、いずれも仮説を支持する結果を得た。

本研究は、組織レベルの両利き研究の理論的な前進にも貢献し得る、個人レベルの両利きに注目して、新たな先行要因の解明を試みたものであった。本研究における理論的意義については主に3点挙げることができる。第一に就労者の探索行動および深化行動の新たな先行要因として「切り替え能力」と「能力の罠」という2つの認知的な要因を明らかにして、個人レベルの両利き研究に対して新しい視座を提供した点である。第二に、部下の探索と深化を促すリーダーシップの研究に対して、2つの新しい概念を取り上げながらリーダーシップスタイルの新たな効果を明示した点である。第三に、就労者の両利き行動による革新的パフォーマンスおよび業務パフォーマンスへの影響を日本で追試確認し、海外の先行研究と同様の結果が得られることを確認した点である。

 

奥村理芳「裏方的部門に属する技術者のワークモチベーション~職務特性やチームワークの状態が与える影響に注目して~」

 

【要旨】

会社には、権限を多く持っている部門や権限をあまり持っていない部門、権限を多く持っているがゆえにスポットライトが当たる業務を担う部門や権限をあまり持っていないがゆえにスポットライトが当たりにくい業務を担う部門がある。ある事案に対して権限を持たない部門は業務を行う場合に、権限を持つ部門に了解をとる必要があり、部門として自律性が低い。権限を多く持たない部門がスポットライトの当たりにくい業務を行う場合は、スポットライトが当たる業務の前に業務を行うことや、成果が分かりにくい業務を行っている場合がある。これらのように、会社の部門にも個人の職務特性と同様に、部門としての特性がある。本研究では、権限を持つ程度が低い部門を裏方部門(以下、「裏方部門」と呼ぶ)と呼ぶことにする。日本社会においては、技術部門にスポットライトがあまりあたらない風潮がある。そのような部門においてもモチベーションを高くすることは重要なため、裏方部門における技術者のモチベーションを向上させるためには、どのようにすればよいか研究する。

裏方部門の業務は、スポットライトが当たりやすい業務の前に行われ、確実に実行されていることが当たり前と考えられ、関係者以外にとっては成果を分かりにくい面がある。技術系の仕事を例にとってみると、正常に設備が機能する状態を維持するために予防対策を実施した結果、正常状態がキープされていると、正常状態があたりまえと考えられ、予防対策の重要性が認識されにくい場合がある。このように、裏方業務を担う技術者は、他者から成果を認められにくく重要性も認識されにくいことから、モチベーションが下がるのではないかと想像した。

そこで本研究では、裏方部門に属する技術者のモチベーションに焦点を当て、日本の企業に勤める部長以下の職位でありかつ、30 歳以上の組織メンバーを対象とした定量調査を行った。

本研究ではリサーチクエスチョンを以下のとおり設定した。

RQ1:裏方部門と非裏方部門とで、モチベーションに違いはあるのか。

下位リサーチクエスチョンとして、RQ1-1、RQ1-2 を設定した。

RQ1-1:裏方部門と非裏方部門とで、モチベ―ションに影響を与える職務特性に違いはあるのか。

RQ1-2:裏方部門と非裏方部門とで、チームワークの状態に違いはあるのか。

RQ2:職務特性とチームワークの状態のうち、裏方部門の技術者のモチベーションに対してとりわけ影響するのはなにか。

質問票調査で207 名から収集した回答をもとに、平均値の差の検定、重回帰分析を行った。その結果、RQ1、RQ1-1、RQ1-2 は、すべて有意ではないことを確認できた。RQ2 は3点確認できた。1点目が仕事からのフィードバックが、競争志向的モチベーションに対して非裏方よりも裏方の方が正の影響があること。2 点目が仕事からのフィードが協力志向的及び学習志向的モチベーションに対して裏方のみ正の影響があること。3点目が組織外との相互作用が、競争志向的モチベーションに対して裏方のみ負の影響があることを確認できた。

本研究は、裏方部門に属する技術者のモチベーションに影響する職務特性やチームワークの状態に関する先行要因の解明を試みたものであった。本研究における理論的意義について挙げると、従来の職務特性理論では、職務特性によりモチベーションに与える影響が変わり得るという調整効果は取り上げられていなかったが、本論文では一部の職務特性によりモチベーションへの影響が変わり得るということを明らかにしたことに意義がある。実

践的示唆について3 点挙げる。1 点目はRQ1 の前に確認したことであるが、裏方部門の技術者は業種や職種によらず、普遍的に存在することを明らかにした点である。多様な業種や職種に裏方が存在するということは、今後の研究において全ての裏方部門に属する技術者に関する調査をする際には、多様な業種や職種を調査する必要があることを意味している。2 点目は裏方部門と非裏方部門とでモチベーション、モチベーションを生起させる職務特性及びモチベーションに影響を与えるであろうチームワークの状態に相違がないことを明らかにした点である。裏方部門に属していても非裏方部門に属していても、技術者はモチベ―ションを高くして仕事にあたることができることを明らかにできたことは意義がある。3 点目は裏方部門に属する技術者のモチベーションに対してとりわけ有効な職務特性があることを明らかにした点である。競争志向的、協力志向的及び学習志向的モチベーションに対してとりわけ影響する職務特性として仕事からのフィードバックがあり、仕事からのフィードバックを増やせばモチベーションを間接的に向上させられることを示した点は意義がある。さらに、競争志向的モチベーションに対してとりわけ影響する職務特性として組織外との相互作用があり、組織外との相互作用を減らせばモチベ―ションを間接的に向上させられることを示した点に意義がある。

 

大友美佳「組織成員における経営理念浸透の規定要因~組織的要因も含めた検討~」

 

【要旨】

本研究の目的は,経営理念浸透に影響を及ぼす規定要因を明らかにすることである。経営理念浸透研究の中でも,組織成員の経営理念浸透状態というミクロな側面に着目し,経営理念がどのような要因によって浸透されるのかについて研究する。

近年,経営理念,存在意義(パーパス)を軸に,組織成員間で価値観を共有する取り組みが注目されている中,経営理念や存在意義(パーパス)を,組織成員に積極的に発信・対話し,共感や納得感を得ていく取り組みを行うことの重要性は高まっている。しかし,その具体的な方策を考案し,実施している企業はまだ数少ない。こうした問題意識を踏まえ,経営理念浸透に影響を及ぼす個人レベルの規定要因(組織成員性,経営理念への関与度)だけではなく,組織レベルの規定要因(経営理念浸透策)に着目したことが,本研究の新規性である。そして,経営理念浸透策に関する尺度を新たに作成して検証を試みた。

経営理念浸透は,3つのアプローチ:①組織文化に基づくマクロ視点のアプローチ,②個人の能動的主体性に着目したミクロ視点のアプローチ,③マクロ視点とミクロ視点の統合アプローチに整理できる。しかし,①はマネジメントする経営者が強いリーダーシップを発揮することを前提としており,組織成員の能動性や主体性といったミクロ視点は十分な検討がなされておらず,②はマクロ視点の問題点を補填したもののその後の発展は見られていないという課題がある。そこで,本研究では,マクロ視点,ミクロ視点双方のアプローチの課題を踏襲している③の観点から検討することとした。そして,リサーチクエスチョンとして「組織成員性,経営理念への関与度,理念浸透策は経営理念浸透に影響を及ぼすか。」を設定した。さらに,③の理論的背景を踏まえ,経営理念を“組織が意図的に掲げているアイデンティティ”,経営理念浸透を“理念的カテゴリーによって定義される組織アイデンティティと個人アイデンティティの融合のプロセス”と定義した。その上で,以下5つの仮説を設定した。

仮説1 組織成員性が高いほど,個人の経営理念浸透は高い。

仮説2 経営理念への関与度が高いほど,個人の経営理念浸透は高い。

仮説3 経営理念浸透策の実施度が高いほど,個人の経営理念浸透は高い。

仮説4  経営理念への関与度と経営理念浸透の程度との関係は,組織成員性が高いほど顕著である。

仮説5  経営理念浸透策の実施度と経営理念浸透の程度との関係は,組織成員性が高い。

日本の就労者を対象に実施した質問紙調査で得られた204名の回答をもとに,まずは各変数の因子構造と信頼性の検討を行った。因子分析の結果,経営理念浸透は3因子(理念への情緒的共感,理念内容の認知的理解,理念を反映する行動的関与),経営理念への関与度は1因子,経営理念浸透策は3因子(社員参加型の取り組み,社内広報的な取り組み,人事的な取り組み)であることを確認した。組織成員性も含めていずれの変数の信頼性も確認した。続いて,相関分析,重回帰分析を実施したところ,組織成員性,経営理念への関与度は共に,経営理念浸透の3次元(理念への情緒的共感,理念内容の認知的理解,理念を反映する行動的関与)との間に有意な正の関係を示した。経営理念浸透策については,「社員参加型の取り組み」の場合に「理念を反映する行動的関与」の次元で有意な正の関係を示したが,「社内広報的な取り組み」の場合には「理念内容の認知的理解」の次元で有意な負の関係を示した。加えて,組織成員性と経営理念への関与度,組織成員性と経営理念浸透策(社員参加型の取り組み,社内広報的な取り組み,人事的な取り組み)の関係について,組織成員性と「社内広報的な取り組み」の関係において,「理念への情緒的共感」の次元で有意な正の関係を示した。その上で,「社内広報的な取り組み」(高群)と(低群)の間に有意な差も見られたことから,組織成員性の効果も確認された。一方,組織成員性と経営理念への関与度には関係は示されなかった。このように,仮説1,2は支持,仮説5は部分的に支持されたものの,仮説3は支持と棄却とも言い難く,仮説4は棄却される結果となった。

本研究では,経営理念浸透の3次元(理念への情緒的共感,理念内容の認知的理解,理念を反映する行動的関与)を用い,個人レベル(組織成員性,経営理念への関与度)だけでなく,組織レベル(経営理念浸透策)の規定要因の影響も検証した。その結果得られた理論的意義は,①組織成員性,経営理念への関与度共に,経営理念浸透の規定要因になり得ること,②経営理念浸透策は,種類によって経営理念浸透の3次元(情緒的共感,認知的理解,行動的関与)に与える影響が異なることを明示できた点である。特に,①については,組織成員性の有する多重性・複雑性の特性を測定の上検証した点,②については,これまで実証されていなかった経営理念浸透策を「社員参加型の取り組み」「社内広報的な取り組み」「人事的な取り組み」と分類の上,経営理念浸透の3次元(理念への情緒的共感,理念内容の認知的理解,理念を反映する行動的関与)への影響を明らかにした点において,経営理念浸透に新たな視座を提供した。

 

加藤雅章「上司との対人関係及び人事評価システムがテレワーク環境下で従業員に与える心理的影響」

 

【要旨】

 本研究では、2020年世界規模で普及が進んだテレワークという働き方の中で従業員の心理状態とそれに影響を与えると考えられる先行要因(上司との対人関係、人事評価システム)の解明を目的としたものである。テレワーク環境での従業員の心理状態を調べることで、パフォーマンスや帰属心を高める有効な人事評価システムの構築や上司-部下間のマネジメント手法の構築をするための検討材料となるものである。そのため、リサーチクエスチョンとして以下の2つを提示した。

RQ1 テレワーク環境下において、従業員の処遇や評価に対する納得感を高める有効な

上司のマネジメント手法や人事施策は何なのか

RQ2 テレワーク環境下において、従業員の処遇や評価に対する納得感の変化は彼らの帰属心やパフォーマンス等の心理指標にどのような影響を与えるのか

 また、これらを検討するために先行研究から関連する先行要因を導出し以下の8つの仮説を生成した。

 仮説(1)テレワーク環境下では、従業員の各心理状態はポジティブに高まる

 仮説(2)テレワーク環境下では上司が部下に対して適切なリーダーシップを発揮するほど、非テレワーク環境下と比べて個人の処遇や評価に対する納得感は高くなる

 仮説(3)テレワーク環境下では、部下の信頼を生む上司の行動が高いほど、非テレワーク環境下と比べて個人の処遇や評価に対する納得感は高くなる

 仮説(4)テレワーク環境下では、人事評価制度の実施数が多いほど、非テレワーク環境下と比べて個人の処遇や評価に対する納得感は高くなる

 仮説(5)各種の人事評価指標はテレワーク環境下では、非テレワーク環境下と比べて個人の処遇や評価に対する納得感に異なる効果を与える

 仮説(6)テレワーク環境下では、内発的動機付けを高める目標の質の高い目標管理制度は、非テレワーク環境下と比べて個人の処遇や評価に対する納得感は高くなる

 仮説(7)テレワーク環境下では、個人の処遇や評価に対する納得感が高いほど、非テレワーク環境下と比べて組織や職務に対する満足感は高くなる

 仮説(8)テレワーク環境下では、個人の処遇や評価に対する納得感が高いほど、非テレワーク環境下と比べて職務に対するパフォーマンス指標が高くなる

 仮説(1)では、テレワーカーは非テレワーカーと比べてプロアクティブ行動が有意に高まることが示された。仮説(2)については、テレワーク環境下では上司のP行動が高まると人事評価の納得感が高まること等が示された。仮説(3)については、上司の公平目線は非テレワーカーと比べて上司評価の不信感をあまり下げないことが示された。仮説(4)については、実施人事評価制度の数が多いと人事評価の納得感が高まることが示唆された。仮説(5)については、テレワーク環境下における特徴的な違いは確認できなかったが、テレワーカーについても業績と情意の評価を公正に評価することは人事評価の納得感を高めることが示された。仮説(6)についても、テレワーク環境下で特徴的な違いは確認されなかったが、目標の質の高い目標管理制度は人事評価の納得感を高めることが示唆された。仮説(7)では、テレワーク環境下では人事評価の納得感が高まっても職務満足度は非テレワーカーほど高まらないことが示された。仮説(8)については、テレワーク環境の方が人事評価の納得感が高まるとプロアクティブ行動が高まりやすいこと、上司評価の不信感が高まるとワーク・エンゲイジメントが高まりやすいことが示された。

 テレワーク環境下では、上司のリーダーシップ・タイプや信頼感を生む行動が非テレワーク環境とは異なる影響を従業員心理に与えることが示唆された。従来の直接対面時には有効であったはずのPM型のリーダシップはテレワーク環境下では有効ではなくなることや、公平目線や上司への信頼感も従業員への効果が薄くなることが示唆される結果となった。従業員心理はテレワーク環境下では、自律性、裁量性が高まることや、コミュニケーションに制約がかかりやすいことから心理的に上司から離れた独立した状態になっているのではないかと予想され、上司の従来のマネジメント手法が通用しない可能性がある結果となった。

 また、テレワーカーは人事評価の指標として成果と情意で評価されることを希求しており、それらを正しく評価することで人事評価の納得感が高まることが示唆される結果となった。従来の論調である、テレワーク環境下における成果主義偏重の人事評価指標へ一石を投じる結果となったといえる。

 また、職務満足度やワーク・エンゲイジメントといった従業員の心理指標がテレワーク環境下では異なる傾向を見せることを示す研究結果を得ることができた。

 

千葉純平「中途採用が『組織成果』に繋がるメカニズムについての実証研究~採用の統合的モデルに基づいた『採用成果』と『雇用後成果』に影響を及ぼす要因の分析~」

 

【要旨】

本研究の目的は、「戦略的採用」のフレームワークに基づき、中途採用者の入社後活躍に効果的な「採用及び入社後施策のパターン」を検討することで、中途採用が組織成果につながるメカニズムの一端を明らかにすることである。そのため、現時点での「戦略的採用」のフレームワークの到達点とされる「マルチレベルの採用のホィールモデル(中村2020)」を用いて、どのような要因が中途採用の成果と雇用後の成果に影響を与えている

のかについて研究を行なった。方法は、現時点で中途採用を担当しているビジネスパーソンを対象にインターネットを用いた質問紙調査である。

採用研究においては、「採用の繰り返しによる改善」を意味する「フィードバックループ」と「採用の成果と雇用後の成果をつなぐ要因」についてが、リサーチギャップとなっており、また、採用から組織成果までを大きく捉えた上での実証的研究の蓄積も少ない。そこで、本研究では、「マルチレベルの採用のホィールモデル(中村2020)」の中途採用における有効性の確認と、採用研究において課題とされている「フィードバックループ」の効果、そして、近年、日本企業でも注目され始めた採用者の組織適応を促す「オンボーディング」を「採用の成果と雇用後の成果をつなぐ要因」として組み入れ、その効果に着目した。

以上より、本研究では、リサーチクエスチョンを以下のように設定した。

RQ1:「中途採用において、何が採用成果を高めるのか?」

RQ2:「中途採用において、何が雇用後の成果を高めるのか?」

RQ1 では、先行研究で取り上げられた変数に加え、「フィードバックループ」を組み入れ、採用成果に対する効果を検証した。RQ2 では、先行研究で取り上げられた変数に加え、「フィードバックループ」と「オンボーディング」を組み入れ、雇用後の成果に対する効果を検証した。

リサーチクエスチョンを踏まえて、以下7 つの仮説を設定した。

仮説1:「雇用の前提」は「採用成果」に有意な正の影響を与える

仮説2:「採用ハブ」は「採用成果」に有意な正の影響を与える

仮説3:「フィードバックループ」は「採用成果」に有意な正の影響を与える

仮説4:「募集・選考プロセスの前提」は「雇用後の成果」に有意な正の影響を与える

仮説5:「募集・選考プロセスの設計」は「雇用後の成果」に有意な正の影響を与える

仮説6:「採用ハブ」は「雇用後の成果」に有意な正の影響を与える

仮説7:「オンボーディング」は「雇用後の成果」に有意な正の影響を与える

その結果、「採用成果」には「募集・選考プロセスの前提」、「募集・選考プロセスの設計」、「募集・選考プロセスの遂行」「フィードバックループ」が統計的に有意な正の影響を与えており、仮説1,2 は不支持、仮説3 は支持された。また、「雇用後の成果」には、「雇用後の前提」、「募集・選考プロセスの前提」、「募集・選考プロセスの設計」、「募集・選考プロセスの遂行」、「採用ハブ」、「フィードバックループ」、「採用の質」、「オンボーディング」が統計的に有意な正の影響を与えており、仮説4、5、6 は一部支持され、仮説7は支持される結果となった。

本研究における理論的貢献は3 点挙げることができる。第一に、中村(2020)で提示された「マルチレベルの採用のホィールモデル」は「中途採用」においても適応可能であることを示せたことである。第二に、「マルチレベルの採用のホィールモデル」の「採用成果」と「雇用後の成果」をつなぐ構成要素として「オンボーディング」を組み込むことができる可能性を示せたことである。第三に、「フィードバックループ」の「採用成果」、「雇用後の成果」に与える影響を実証的に示せたことである。この結果によって、中途採用が組織成果につながるメカニズムの一端を明らかにすることができた。

 

土屋和彦「自治体職員の政策立案に関するプロアクティブ行動に住民からの信頼が与える影響に関する研究-Public Service Motivation による媒介に注目して-」

 

【要旨】

本研究の目的は、公務員の中でも自治体職員の政策立案に関する職務パフォーマンスがどのような要因によって影響を受けるのかを明らかにすることである。政策立案による積極的な行動を自治体職員にとってのプロアクティブ行動と捉えられることから、本研究では、職務パフォーマンスを計測するため、組織内の従業員のプロアクティブ行動に関する指標を用いた。また、本研究では、住民からの信頼と自治体職員のPSM に注目し、政策立案に関するプロアククティブ行動に与える影響を定量調査によって明らかにする。

本研究のリサーチ・クエスチョンとして「自治体職員はどのような先行要因で住民ニーズに応えるプロアクティブ行動を起こすのか。」という問いを持って、以下の3仮説を立てて、調査研究を行った。

仮説1 住民が行政を信頼していると感じることは、その住民の問題に対して積極的に解決するプロアクティブ行動と正の関係がある。

仮説2 住民が自治体職員個人を信頼していると感じることは、PSM の各次元と正の関係がある。

仮説3 PSM の各次元は、プロアクティブ行動と正の関係がある。

結果として、仮説1もおおむね支持されているとみなすことができた。仮説2は部分的に支持されたといえる。仮説3は概ね支持されたといえる。

本研究の第一の新規性は、プロアクティブ行動への影響要因として住民からの自治体職員への信頼を取り上げ、自治体全体、部署全体、個人のどのレベルが信頼されるかがプロアククティブ行動にどのような影響があるのかを定量調査によって明らかにしたことにある。また,そうした影響を媒介するものとしてPSM を取り上げるのが第二の新規性であった。

 

 

山野法道「職場と組織の学習支援によるキャリア・プラトー状態の従業員のプロアクティブ行動の向上:学習志向的モチベーションによる媒介」

 

【要旨】

本研究の目的は、キャリア・プラトー状態の従業員がプロアクティブ行動をとるための要因と、行動を促すための方法を明らかにすることである。そのために、組織が従業員の成長を促すために行う学習支援に注目し、職場による学習支援と組織全体で行う学習支援が学習志向的モチベーションにどのように影響し、プロアクティブ行動を向上させるのかを研究する。

現在日本では、組織間競争の激化や環境の不確実性と曖昧性の高まりから、組織の中の個人が、将来を見越して、組織や仕事の変化を意図して起こすプロアクティブ行動が求められている。一方、昇進可能性の低下を起因として、キャリア意識と行動・業績が低くなったキャリア・プラトー状態の社員の増加が指摘されている。では、キャリア・プラトー状態の従業員がプロアクティブ行動を取るように促すにはどのような方法が考えられるの

であろうか。それが本研究の問題意識である。

キャリア・プラトー、プロアクティブ行動、多側面的ワークモチベーション尺度、職場や組織が行う人材育成の先行研究を概観したうえで、次の3 つの仮説を設定した。第一に、「キャリア・プラトー状態にある従業員において、学習志向的モチベーションはプロアクティブ行動に正の影響を与える」である。第二に、キャリア・プラトー状態にある従業員において、職場における学習支援は学習志向的モチベーションに正の影響を与える」である。第三に、「キャリア・プラトー状態にある従業員において、組織による育成施策は学習志向的モチベーションに正の影響を与える」である。

仮説の検証は、300 名以上の企業に勤める30 歳から54 歳の正社員であり、自身の昇進可能性が低いと認知している174 名から得た回答をもとに因子分析、相関分析、重回帰分析を行った。因子分析では、プロアクティブ行動を「イノベーション創出行動」「問題解決行動」「問題の未然防止行動」の3 因子、学習志向的モチベーションを「現在の学習意欲」「将来に向けた学習意欲」の2 因子、組織における育成施策を「上司による内省・業務支援」「上司を除く社員による内省・業務支援」「上司による精神支援」の3 因子とした。また、組織による育成施策はWeb 調査の回答結果から尺度を合成し、「主要な人材開発施策」「その他の人材開発施策」の2 つの変数を作成した。

重回帰分析による仮説1 の検証では、現在の学習意欲は問題解決行動と問題の未然防止行動に有意な正の影響を与え、将来に向けた学習意欲はプロアクティブ行動の全ての項目に有意な正の影響をあたえることが分かった。そのため仮説1 は支持された。仮説2 と仮説3 の検証では、現在の学習意欲と将来に向けた学習意欲共に有意な正の影響を及ぼすのは上司を除く社員による内省・学習支援であることが確認され、一方で上司による内省・

業務支援、上司による精神支援、主要な人材開発施策、その他の人材開発施策は有意な影響が示されなかった。そのため仮説2 は一部支持され、仮説3 は支持されなかった。

本研究から得られた理論的意義は主に2 点挙げられる。1 点目は、キャリア・プラトー状態であっても学習志向的モチベーションの影響によりプロアクティブ行動を行う可能性があることを明らかにしたことである。2 点目は、職場における上司の支援が、年齢やキャリア・プラトーの状態によっては有意な影響を与えないことを明らかにしたことである。また、実践的意義についても2 点挙げられる。1 点目は、上司は職場における従業員の支援方法を従来の支援方法から見直して、年齢層やキャリア・プラトーの状態に合わせた支援を継続的に行っていくことが必要であるということである。2 点目は、組織は育成施策を用意するだけでなく、育成施策を従業員が活用するように促していくことが必要だということである。