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小川啓太「地方公務員のキャリア・プラトー現象についての一考察―東京都職員を対象とした実証分析―」

 

[要旨]

本稿は、東京都職員を対象に「キャリア・プラトー化する要因はどのようなものであるか」、また、「キャリア・プラトー化はどのような影響をもたらすのか」という研究課題について分析、考察している。

導入として、本稿の目的と研究の構成に触れ、対象組織である東京都の昇任制度を概括した。また、キャリア・プラトーに関する先行研究や、関係する影響要因として想定される諸研究を概観しながら、本稿における仮説を設定した。仮説の設定にあたっては、各個人の主観的側面と、組織での客観的側面の両面からプラトー状態を捉えながら、東京都職員の管理職に対する認知や、キャリア・プラトー化に影響を及ぼす要因(昇任選考制度、キャリア目標の設定、配属希望認知等)に着目して検討を行った。

この検討を踏まえ、「キャリア・プラトー化する要因はどのようなものであるか」、また、「キャリア・プラトー化はどのような影響をもたらすのか」という研究課題を分析するための仮説モデルを設定し、東京都職員を対象として質問紙調査を実施した。

調査は、2017年9月22日~2017年10月10日(19日間)に実施し、職(主事・主任・課長代理・課長級・部長級)、職種(事務・一般技術・その他)、性別(男性・女性)、年齢などの属性がそれぞれ異なる職員から、幅広く回答を得た。回答は無記名で行われ、有効サンプル数は137である。なお、実際の調査対象の選定には、スノーボーリング手法を採用した。

分析結果から、本稿の理論的な含意として、次の3つの見解を得るに至った。1つめは、東京都の昇任選考制度は、職員のプラトー化を促進するということはなかったということである。仮説では客観的な制度である昇任選考制度が、職員の認知を通してプラトー化を促進していると考えたが、結果は主任級職選考の受験回数は逆にプラトー化を緩和する方向に働いていた。2つめは、女性が男性よりも客観的にプラトー化していながら、主観的には女性の方がノン・プラトーであるという事実である。本稿ではその要因については分析の対象外であったが、昨今のダイバーシティや女性のさらなる活躍推進を考えれば、より詳細な分析が求められる。3つめは、勤続期間が長くなると内容プラトー化することである。職位に関わらず、勤続期間が15年を超えると仕事内容に停滞を感じていることがわかった。

プラトー化がもたらす影響については、主観的ノン・プラトーと内容ノン・プラトーは、複合的組織コミットメントを高めていることが示された。また、プラトー化している人は必ずワーク・モチベーションが低いかというと、下位概念によっては必ずしもそうではなかった。プラトー化しながらも仕事に対するモチベーションは高いという状態があるとすれば、その違いを生む要因は何であるかなど、より詳細な分析が求められる。

キャリア・プラトーはキャリアの停滞の研究ではなく、組織に起きている重要な現象として、研究が深まることを期待して本稿を締めた。

 

高澤美和「サービス業におけるジョブ・クラフティングとコラボレイティブ・ジョブクラフティングを引き出す要因についての検討」

 

[要旨]

 本稿は、サービス業におけるコラボレイティブ・ジョブクラフティング(協同JC)とジョブ・クラフティング(JC)行動を引き出す要因について明らかにすることであった。

従業員のジョブ・クラフティング行動に注目することで、サービス業のスタッフが生き生きと働き、パフォーマンスを高めるには何が必要なのかを明らかにするため研究に取り組んだ。

 ジョブ・クラフティングは、Wrzesniewski & Dutton(2001)により提唱された、従業員自身が仕事の認知的な境界、タスクの境界、関係性の境界を変えることにより、仕事における他者との相互作用や関係を形成し、自分の仕事を創造することにより動機づけされるという概念である。従業員は自身の仕事を形づくることで自分の「仕事の意味」や「ワーク・アイデンティティ」を変化させるものである。

 従業員のジョブ・クラフティング行動は仕事のパフォーマンスをあげることに繋がると先行研究で示唆されており、本稿ではその要因に職場の環境につながる上司との関係性であるLMXと同僚との関係性であるTMXが影響を及ぼすのではないかと仮説をたてて定量調査を実施した。

対象は顧客との接点を持つ小売・外食・コールセンターの3業種、4企業(小売2社、外食1社、コールセンター1社 合計121名)に回答を依頼しデータを得た。

調査の結果、TMXがジョブ・クラフティング、コラボレイティブ・ジョブクラフティングに正の影響を与えることが確認された。また、TMXと職務自律性、成長意欲との交互作用項も示された。

このことから、職場のTMXの在り方によりチームで仕事の工夫を実行しようとすることと、従業員個人が仕事へ工夫を加えたり、仕事への考え方や仕事に関わる人との関係を見直したり、工夫したりすることが確認できた。また、TMXに配慮しつつ従業員が主体的に仕事を工夫する環境を与えることは、従業員個人のジョブ・クラフティング行動に繋がることが示された。

 これまでLMXだけがジョブ・クラフティングとの関係について議論されてきたが、LMXを補完するTMXのジョブ・クラフティングへの関わりを明らかにすることができた。今後は職場の特徴としてLMXとTMXの関係を明らかにすることができれば、管理職のリーダーシップの在り方を検討し、具体的な行動を実践的な場面で示唆することが可能になるのではないかと考える。

 サービス業の中でもパートタイマーやアルバイトが仕事の主戦力となる流通・小売や飲食業、テレマーケティングなどの業種では、人手不足が常態化している。確保した人材をいかに辞めさせないかが会社の生き残りには重要な要素となる時代となっている。なぜなら、従業員の退職は職場のサービスの品質を下げて、顧客満足の低下につながることが予測されるためである。ジョブ・クラフティングは従業員のモチベーションやワーク・エンゲージメントを通して従業員の仕事に対する満足度を上げ、退職を防ぐことへの効果も期待できると考えられる。

 

濵口剛宏「地方自治体の行政組織におけるワーク・エンゲイジメント― 政令指定都市職員の働き方、人材育成にかかる考察 ―」

 

[要旨]

 地方自治体は、厳しい財政状況から、住民への行政サービスの見直しだけでなく、組織自身も事業の統廃合や人員の削減を行い、限られた人員での効率的な組織づくりを積極的に進めてきた。近年では、メンタルヘルスに不調をきたす地方公務員が100人に1人を超えたことや、地方公務員の離職率の割合が若手職員で約30%を占めているという状況から、多くの時間や費用をかけて選抜し、採用された行政組織の貴重な資源である人材が能力を発揮する環境を整えるため、本稿では、地方自治体の行政組織において、人材が業務に主体的に取り組み、ポジティブで充実した環境づくりや、業務を通じた人材育成について検討していく際の参考となるような示唆を得ることを目的として研究を行った。

調査対象としたA政令指定都市の職員に質問紙調査を実施し、68名から得られた回答に対し、在職年数に応じて若手職員とベテラン職員に分け、因子分析及び重回帰分析を行った。

分析の結果、以下3点について明らかとなった。①仕事の資源の下位因子である「仕事への関与」が本人のワーク・エンゲイジメントに有意に影響を与えていたこと、②ベテラン職員の場合においては、「同僚のサポート」が多くなることでワーク・エンゲイジメントを低下させる可能性が確認されたこと。③上司や同僚のワーク・エンゲイジメントのうち、同僚のワーク・エンゲイジメントが本人のワーク・エンゲイジメントに有意に影響を与えることが確認されたこと、である。

 

 

松本優「公務員の自己啓発に関わる要因とキャリア意識への影響について-公的資格の取得に焦点を当てた実証研究-

 

[要旨]

1 研究背景と目的

社会情勢の変化から行政ニーズが多様化し、公務員一人ひとりに求められる能力も高まっている昨今において、自己啓発による能力開発が組織にとっても個人にとっても求められることである。公務員の人材育成は、OJT・OFF-JT・自己啓発を軸に進められるが、公務員の自己啓発に関する研究はあまり進んでいない。そこで「公務員の中でもどのような人材が進んで自己啓発行動(資格取得)に勤しみ、どういった要因がその動機となるのか明らかにすること」を目的に研究を行った。また、本研究で明らかにすべき課題を以下の2つとした。

 

課題①:公務員の中でもどのような人材が進んで資格取得に勤しみどういった要因がその動機となるのか。

課題②:公務員が資格取得することは、キャリア形成に影響はあるのか。

 

2 課題解決のための探索的アプローチ

 厚生労働省の行った自己啓発に関わる統計調査や先行研究の整理から自己啓発行動(資格取得)に至る先行要因を探索的に導出していくこことした。まず、自己啓発に至る動機や効果について整理し、公務員についても自己啓発が有効であることを確認した。次に、公務員のモチベーションとコミットメントについて検討し、ワークモチベーションや承認によるモチベーションを喚起させることが自己啓発行動(資格取得)の先行要因になりうることを導出した。さらに、各自治体が策定する人材育成基本方針において自律型人材を育成する方針を掲げていることを受けて、自律的に自身のキャリア開発に関心を持ち自己啓発に勤しむ職員が育成されている可能性が有ることが示唆された。公務員のキャリア意識が自己啓発に至る先行要因となることが示唆されたことから、自律的キャリアの概念としてプロティアン・キャリアとバウンダリーレス・キャリアについて整理した。また、人事異動などで職場内の変化が多い公務員は状況の変化などから比較的探索的活動が多いことが予想されることから、キャリア状況への対処力を示すキャリア・アダプタビリティも自己啓発の先行要因になりえることを導出した。また、自己啓発と組織のかかわりについて整理し、ODSが有ること、つまり、組織からの支援制度が存在し、個人がそれを知覚している場合に自己啓発を促進する可能性が有ることを導出した。

 

3 仮説の生成と分析モデルの設定

 先行研究等の整理から、個人特性、外的要因(組織の資格取得支援制度の有無とその知覚)、内的要因(ワークモチベーション、上司からの承認、組織コミットメント、ジョブインボルブメント、自律的キャリア、キャリア・アダプタビリティ)を資格取得に先行する要因と位置づけ、それぞれの先行要因が資格取得にどういった影響を及ぼすのかについて以下の仮説を生成した。

 

仮説1 :組織からの資格取得支援について、資格取得についての情報提供は、資格取得に正の影響を与える

仮説2a:ワークモチベーションが高いほど、資格取得に正の影響を与える

仮説2b:上司からの承認が高いほど、資格取得に正の影響を与える

仮説3a:自律的キャリアが高いほど、資格取得に正の影響を与える

仮説3b:キャリア・アダプタビリティが高いほど、資格取得に正の影響を与える

仮説4a:組織コミットメントが高いほど、資格取得に正の影響を与える

仮説4b:ジョブインボルブメントが高いほど、資格取得に正の影響を与える

 

4 調査方法と調査対象

 質問調査票を作成し、公務員全般を対象としたスノーボールサンプリングにより質問紙を配布・回収した。結果として169名から回答を得て、そのうち165を以降の分析で使用した。

 

5 分析結果と考察

 分析の結果、課題①について、公務員が資格取得に至る要因として、学習志向が高いことやキャリア意識が高いといったことに加えて、組織からの資格取得支援制度を整備し、それぞれに支援制度が有ることを知覚させることが資格取得を促進する要因となりえることが示唆される結果となった。また、課題②については、公務員についても資格取得させることでキャリア意識が高まり、結果的にキャリア形成を促進させる傾向が有ると結論づけた。