◆ビジネススクール(高度職業人養成プログラム)

 

大井淳一郎「コンプライアンス体制の整備が不正行為の抑制に与える影響について-組織コミットメントのメディエーター効果への着目」 

 

[要旨]

企業がコンプライアンスを遵守する意義は日々、その重要性を増しており、企業は不祥事を惹起させないために、従業員に対する社内研修、社内規則やマニュアルの策定などのあらゆる方策を行っている。しかし、現在でも不祥事が多くの企業で繰り返し引き起こされていることを鑑みると、効果があがっていないと思わざるを得ない。本研究の目的は、企業が行う「職務マニュアル、規則の整備」「命令・報告経路の明確化」「管理者の権限の明確化」などの方策が不正行為の抑制につながるのか、組織コミットメントという従業員の心理的要因に着目して明らかにすることである。

本研究における構成は、以下の通りである。

第1章では、問題の所在及び目的について述べられる。第2章では、不正行為の抑制に関する先行研究をレビューした後、本研究における視点を提示した。第3章では、組織コミットメントの先行研究からその定義や概念を纏め、企業が行う「職務マニュアル、規則の整備」などの方策が組織コミットメントの規定要因となりえるか、また、組織コミットメントが不正行為の抑制にどのような影響を与えるのか考察を行った。さらに、組織コミットメントの媒介変数(メディエーター)としての可能性についても考察を行った。第4章では、問題意識や先行研究のレビューに基づき本研究の理論モデルを提示した上、コンプライアンス体制の整備と組織的違反の容認の間を組織コミットメントがメディエート(媒介)しているか、など6つの仮説を設定した。

第5章では、調査対象、調査方法及び質問紙の構成について述べられる。第6章では、質問紙調査から集められたデータをもとに仮説の検証を行った。分析の結果、コンプライアンス体制の整備と組織的違反の容認の間を組織コミットメントがメディエートしていることなどが明らかにされた。最後に第7章では、本研究における結論、含意を示した後、限界と課題についても提示した。

 

 

大谷剛久「部門横断型チームの役割外行動についての探索的研究―責任の認知と縄張り意識が与える影響に着目して」 

 

[要旨]

当論文は、部門横断型チームにおける組織市民行動(OCB)をベースとした役割外行動について、個人の責任認知や縄張り意識が及ぼす影響について着目し、実証研究を通じて明らかにしたものである。

まず、第1章では、研究の背景及び目的が述べられる。

第2章では、OCBについての先行研究を整理し、定義やその次元、影響要因などを確認した後、本研究における役割外行動の中心の概念として、Organ (1988) のOCBの5つの次元から「組織に関連する課題や問題を抱えている特定の他者を援助する任意の行動のすべて」と定義される「愛他主義」を採用した。そして、個人の責任認知や縄張り意識をOCBに対する影響要因として検討した先行研究が見当たらないことを確認した。

続いて第3章で、責任という言葉の示す意味、概念について、法哲学や社会心理学の分野の先行研究からまとめるとともに、組織における責任認知のあり方が、行動にどのような影響を与えるかについて考察した。組織において個人は、事前責任(責務責任)の程度を何かしらの形で認識し、それに応じて業務の引受範囲をコントロールしているのではないかと考えられた。そして、個人は事前責任を自分の職務のみが関係する責任(個人的領域)と部門横断型チームが関係する責任(組織的領域)との2つに分けて認知している可能性があることを確かめた。更に、縄張り意識に関する概念を先行研究から検討し、縄張り意識を、部門横断型チームの成員との関係において、自分の業務の範囲をコントロールしたり決定したりする意識を表す概念として採用することにした。

以上を前提に、第4章では、個人の責任認知や縄張り意識が、OCBをベースとした役割外行動に対して及ぼす影響を検討するための仮説モデルを設定し、第5章で、その仮説を立証するために行われた質問票調査の概要について説明した。

そして第6章で、調査の結果をまとめ、仮説の検証を行った。分析の結果、縄張り意識のうち、自らの縄張りを守るために環境をコントロールしようとする意識を示す「コントロール意識」が、愛他主義との間に統計的に有意な負の係数を示した。個人の責任認知についても、愛他主義との間に有意な正の係数を示した。また、防衛意識と、自らの役割(職務)に対する責任認知との交互作用が、有意水準1%で愛他主義に対して有意な負の係数を示した。

第7章では、実証分析の結果分かったことをまとめた。分析結果から、縄張り意識は、物理的なものだけではなく、考え方や役割のように無形のものも対象となる概念であることが確認された。そして、縄張り意識の高まりが、部門横断型チームといった個々の組織成員の業務範囲や権限が曖昧になりがちな集団において、愛他主義的な役割外行動に対して負の影響を及ぼし得ることが分かった。加えて、縄張り意識と共に個人の業務に対する責任の認識も高まる時には、愛他主義的な役割外行動が一層阻害されることも確認された。

また、自らの役割(職務)に対する責任認知の高まりについては、それ自体は愛他主義的な役割外行動を促進することが分かった。そして、自らの役割(職務)に対する責任認知が高まり、かつ、自分の権限が、立場や勤務歴といった自分の属性と比較して強いという認識が高まることで、愛他主義的な役割外行動を一層促進することが分かった。

最後に第8章で、本研究のインプリケーションを示した。理論面では、縄張り意識と責任の認知をOCBの先行要因として採用し、統計的に有意な結果を導き出したことの意義を指摘し、実務面では、縄張り意識と過度な責任認知を防ぐためのマネジメントの重要性について指摘した。その上で、今後の課題として、質問項目の信頼性を向上することの重要性と、役割内行動と役割外行動の境界について組織成員がどのように認識しているのかについて検証することの必要性を指摘し、本研究の限界を提示した。

 

廣瀬真木「営業チームにおける相互モニタリングについての実証的研究」 

 

[要旨]

本稿は、営業組織においてチーム編成することの利点を、相互モニタリングに注目して検討したものである。実証研究により、相互モニタリングがチーム成果を向上させることを確認し、相互依存性・公正性が相互モニタリングを強くすることを明らかにした。

まず、第1章にて問題意識と目的を示した。第2章にて営業組織研究におけるチーム営業の先行研究を、第3章にて一般的なチームの先行研究をレビューした。一般的なチーム研究と比較して、営業組織研究においては、メンバー間の相互作用や心理的側面からの言及がされていないことを確認した。一方で一般のチーム研究では、営業組織のような加算型タスクを対象とした実証研究が稀であることも分かった。本稿ではチームの要素の中でも、特に加算型タスクにおいて有効と思われる相互モニタリングに注目し、第4章にて、チームの編成における相互モニタリングの重要性を説くエージェンシー理論について先行研究をレビューした。

先行研究からの知見に基づき、相互モニタリングの成果として「業績」「社会的手抜き」「顧客志向」について、相互モニタリングに影響を与えるチームの特徴として「相互依存性」「チーム・アイデンティティ」「評価・報酬」について、相互モニタリングとの関係を調査することにした。具体的には、第5章にて以下の仮説を設定した。

 仮説1:「相互モニタリングは、業績を向上させる」

 仮説2:「相互モニタリングは、社会的手抜きを防止する」

 仮説3:「相互モニタリングは、顧客志向を向上させる」

 仮説4:「相互依存性が強いチームは、相互モニタリングは強い」

 仮説5:「評価の公正性が強いチームは、相互モニタリングが強い」

 仮説6:「個人評価よりもチーム評価の方が、相互モニタリングが強い」

 仮説7:「チーム・アイデンティティが強いチームは、相互モニタリングが強い」

仮説を実証するための質問紙を作成し、営業従事者広く一般に質問紙調査を行った。調査について第6章にて説明を行い、第7章にて調査結果に基づき仮説を検証した。

質問紙調査の結果、「相互モニタリング」は、同僚への関心・称賛の程度を示す「相互認識」と、同僚の違反・不誠実な仕事・ミスへの対応の程度を示す「不適切行為への対処」の2因子に分かれた。「不適切行為への対処」は、相互モニタリングの中でも、重要性も緊急性も高く、他のメンバーへの実行力を伴う強い行為であると考えた。

 相互モニタリングと従属変数との関係について、「相互認識」は「社会的手抜き」に対し有意に、「不適切行為への対処」は「業績」「顧客志向」に対し有意となった。独立変数と相互モニタリングの関係について、「相互依存性」は「相互認識」「不適切行為への対処」に対し有意に、「公正性」は「相互認識」に対し有意となった。「個人評価」「チーム・アイデンティティ」はいずれに対しても有意とならなかった。よって、仮説1・仮説4は支持され、仮説2・仮説3・仮説5は部分的に支持され、仮説6・仮説7は支持されなかった。

以上の結果より、チーム編成の利点としての相互モニタリングは、「業績」「社会的手抜きの防止」「顧客志向」のいずれにも効果があることが実証できた。また、相互モニタリングの強さに「相互依存性」「公正性」が影響を与えることが明らかになった。さらに、仮説とは関係ないが、相互モニタリングは、営業組織内チームの方が強いことも分かった。

第8章にて研究結果の要約と考察を行った。理論的含意として、加算型タスクにおいてチームの実証研究を行ったこと、チーム営業の研究でメンバー間の相互作用や心理的要素に言及したこと、相互モニタリングの効果を従来の社会的手抜きのみでなく顧客志向にも見出したことを示した。また実践的含意として、相互依存的な環境作りや公正性の確保、営業組織内チームにおる相互モニタリングの活性化について述べた。最後に、回答者についての情報が限定的であったこと、サンプリングの偏重、質問項目の設定にかかる問題など、本稿の限界を指摘した。

 

藤岡恭平「プロフェッショナルの専門分野確立―IT技術者を対象とした実証研究」 

 

[要旨]

本研究の目的は、プロフェッショナルがどのようにして専門分野を確立するのかを明らかにすることにある。今回はプロフェッショナルのうち、IT技術者に着目した。

プロフェッショナルは時代の経過とともに専門分化が避けられない。また、他の同業者のプロフェッショナルと差別化し、多くのクライアントから支持されるようになるためには特定の分野に特化し、優位性を確保することが重要である。ゆえに、何がプロフェッショナルの専門分野の確立を促すのかを導き出すことはプロフェッショナルの成長を考えていくにあたり意義あるものである。

第1章では、プロフェッショナルが必然的に専門分化が行われることや専門分化の中でプロフェッショナルが専門分野を確立することをの意義を医師や弁護士を例に挙げながら明らかにした。

第2章でプロフェッショナルについての研究を通してIT技術者のプロフェッショナルとしての特徴を考察した。また、キャリア発達に関する研究を踏まえてプロフェッショナルが成長過程において自らの専門分野を確立することの必要性を考察した。それにも関わらず従来の研究ではプロフェッショナル、さらにプロフェッショナルの1つであるIT技術者がどのようにして専門分野を確立したのか、また何が専門分野の確立を促しているのかは明らかにされていない。しかし、経験(キャリア)の幅が専門分野の確立を促している可能性を示唆した。

第3章では、まず社会的ネットワーク分析に関するこれまで研究の流れを紹介した。その上で、メンタリング研究と社会的ネットワーク分析を組み合わせて、キャリア発達を促す社会的ネットワークとして近年研究が進められている発達的ネットワーク(developmental network)に関する研究をレビューした。その結果、直接専門分野の確立と発達的ネットワークの構造を明らかにされていないことが分かった。しかし、発達的ネットワークの構造が強い、多様的な関係である起業家的ネットワークを持っていると専門分野の確立が促される可能性を示唆した。

第4章では第2章と第3章で行った先行研究のレビューを整理し、本研究で明らかにすべき課題を提示した。その上で仮説の導出を行った。

第5章で研究対象であるIT技術者について定義を行った。そのうえで、IT技術者の専門分化や必要な経験を積んでいくことの困難さなど成長をめぐる現状を整理した。

第6章と第7章では第4章で導出した仮説を質問紙調査を通して検証を行った。その結果、専門分野の確立に経験の幅が影響しているものの、発達的ネットワークは影響していないことが分かった。

今回の研究を通して、プロフェッショナルが成長していく中で専門分野を確立するにあたり経験の幅を広げていくことの必要性が明らかになった。また、発達的ネットワークはその経験の幅の狭さを補うようなことはできず、自ら経験の幅を広げていく努力が求められることがわかった。さらに企業においても社内公募制度の充実など経験の幅を広げる機会を増やしていくことが求められるだろう。

 

 

◆研究者養成プログラム

 

王冠元「管理職間の関係性が従業員の組織コミットメント及び転職意図に与える影響―中国における日系企業の場合」 

 

[要旨]

本研究は,中国における日系企業の人材獲得力と定職率が低いという問題に着目し,従業員の離・転職行動に関わる転職志向及び組織コミットメントの先行要因を,多国籍企業の特徴を踏まえて分析した。多くの先行研究によって,従業員の「組織コミットメントと転職志向」の関連はあることは明らかである(O'Reilly & Caldwell, 1981;Cui, 2003)。しかし,組織コミットメントの先行要因について,Angle & Perry(1983)のメンバーと組織2要因理論,またWiener(1982)の個人,組織,組織と組織の適合3要因によって,組織コミットメントの因子は主に個人の属性,ネットワーク関係,組織環境などの個人に直接に関わるものであった。本研究では,多国籍日本企業の上部構造の特徴による現地ホワイトカラー従業員のキャリア志向を検討したうえで,直接に一般従業員と関わらない管理職間のネットワークの関係性が従業員の組織コミットメント及び転職志向に影響を与えると主張し,そして検証を行ったところ,有意な結果が得られた。

具体的な分析について,従業員の組織内のキャリア発達に対する期待に着目し,日本人リーダーと中国人マネジャーのリーダー・メンバー関係(LMX関係),コミュニケーション程度,権限委譲度,中国人マネジャーのソーシャル・パワー,企業の内部選抜方針を独立変数とし,従業員の組織コミットメントを従属変数とし,重回帰分析を行った。その後,重回帰分析を通じて,組織コミットメントと転職志向の関係を検証した。結論として,日系多国籍企業において,現地社員の組織コミットメントは現地人リーダーのソーシャル・パワーと組織の内部選抜方針から影響を受けながら,一見直接に関連していないような多国籍管理職間のリーダー・メンバー関係(LMX)からも影響されていることが検証された。

本研究で,中国人マネジャーと日本人リーダーの関係は従業員が昇進に対する期待の充実度に影響を与えるという主張はほぼ支持された。また,中国人マネジャーのソーシャル・パワーの1つである個人魅力が従業員の愛着コミットメントと関連していると検証された。この結果から,今後の研究について,幾つの実践上と理論上で検討を提示した。