秋元優喜「人事異動経験がジョブ・クラフティングにもたらす影響について」

 

【要旨】

企業は,変化の激しい経営環境に対応すべく,従業員が未経験の事態への適応を可能とし,また,新たな価値創造を実現できるようにすることが重要である.そこで企業においては,従業員が自分自身で仕事の意義ややり方を変えるジョブ・クラフティング(以下「JC」という)を促し,新たな業務への適応や,新たな価値創造へとつながる仕組み作りをしていくことが有効な対応策になると考える.

本研究では JCの実践へ影響を及ぼすものとして,直接関係する先行研究がない「人事異動経験」を取り上げる.なぜなら,「人事異動経験」は,JCの3つの動機(Wrzesniewski &Dutton, 2001)である,仕事についてのコントロールや仕事の意味に対する欲求,ポジティブな自己イメージへの欲求,他者との人間的関係への欲求へとつながる可能性が高いためである.人事異動による,職種や部署といった明らかなタスクおよび関係の変化は,従業員自らが JCの動機へとつながることが予見される状況に置かれると考える.

人事異動経験が JCにもたらす影響についての実証研究は,人事異動経験のある,25歳~39歳の企業の正社員(非管理職)計 500名を対象に,Web調査を通じてデータ収集を行うことで実施した.質問票の設問は、個人・企業属性に関する質問,人事異動の実態および種類に関する質問,異動前・後のプロセスに関する質問,JCに関する質問とし,具体的な質問項目は,先行研究等を踏まえて設定した.

収集した調査データを用いて行った分析結果からは,希望表明型といったような人事異動の形式や種類による影響は確認されず,異動前のプロセスにおける内示の明確さ(理由,期待・役割),および異動後のプロセスにおける変化の肯定的認識がジョブ・クラフティングの実践に正の有意な影響を及ぼしていることが確認された.さらに,内示の明確さ(理由,期待・役割),および変化の肯定的認識の規定要因を探索した結果,内示の明確さ(理由,期待・役割)へは,能力評価認識,内示への納得感,職務自律性の3つが,変化の肯定的認識へは,内示への納得感,職務内容の変化認識,上司(異動後部署)との関係性,職務自律性の4つが正の有意な影響を及ぼしていることが確認された.これらの結果から,制度として本人希望を叶える仕組みを用意するだけでは JCの実践へつながるには不十分であり,本人が異動を前向きに捉え,自己変革をもたらすための準備とフォローに,特に上司が力を入れることが重要であることが推察される.これは,企業が人事施策を考えるにあたって,ハードだけでなく,ソフトにも力を入れるべきであるということに示唆を与えるものになると考える.

 

 神澤遼「パワーハラスメントの知覚に影響を及ぼす諸要因について」

 

【要旨】

 本稿では、2020年6月の通称「パワハラ防止法」施行に代表される、職場のパワーハラスメント(以下、パワハラ)問題への昨今の関心の高まりに比して、経営学における既存の研究蓄積が少ないことを問題と認識し、従業員のパワハラ知覚に影響を与える要因を経営学的な観点から明らかにすることを目的とした。

 研究の方法として、まず「”価値観の対立”から生じるがゆえに、パワハラ問題は基本的にすべてがグレーゾーン」(鈴木,2019)であるにも関わらず、従業員のパワハラの知覚にフォーカスした尺度が殆ど見られないことに着目し、パワハラ知覚を測定する新たな尺度を開発した。当該尺度は、欧州の職場いじめを測定する尺度であるNAQ-Rを参考に、厚生労働省が示すパワハラの定義に合致するようカスタマイズした9パターンの上司の行動や言動を導出し、それに対して5段階でパワハラ知覚を回答するよう設計した。2回の予備的調査及び本調査の結果により、相応に有効性の高い尺度であることが確認された。

 次に、開発したパワハラ知覚の尺度と、経営学の研究でしばしば用いられるLMX(Leader Member Xxchange)、心理的安全、組織コミットメントといった諸変数との関係を調査するべく、23-60歳の会社員300名を対象に、質問紙調査を実施した。

 質問紙調査の回答結果を基に重回帰分析を実施した結果、心理的安全、成長欲求がパワハラ知覚に有意な負の影響を与え、仕えた上司の人数、神経症傾向、存続的コミットメントがパワハラ知覚に有意な正の影響を与えることが明らかになった。パワハラ知覚に負の影響を及ぼすと想定されたLMXは、結果的に有意な影響は及ぼさないという結果となった。

 本稿における研究結果は、従業員のパワハラ知覚を測定する尺度を開発し、当該尺度の先行要因となる諸要因を明らかにしたという理論的な貢献と、パワハラ問題のグレーゾーンに悩む現場のマネージャーに対して、実効性の高い対応策についてのインプリケーションを提示したという実務的な貢献をもたらしたものと考える。

 

土屋恵「公立病院の地方独立行政法人化が人材マネジメントに及ぼす影響」

 

【要旨】

1.研究の目的

公立病院はどこも厳しい経営環境に直面しているが、地方公営企業法全部適用への移行の拡大によって、 2020年には全国の公的医療機関 917病院中 109病院が地方独立行政法人となった( 2020年 8月医療施設動態調査厚生労働省)。病院の存続は地域の人口や、住民のニーズ、年齢構成、他の医療機関との競合といった条件に左右される。

また、病院経営の中核をなすものは医師を始めとする医療人材であり、看護師、薬剤師、管理栄養士、検査技師といった国家資格を持つ職種によって医療サービスを提供し、診療報酬を得ることが経営の根幹である。東京都は独法化によって人材確保や職員の処遇の改善が図れるとしている。確かに独法化によって組織・定数、人事・給与制度について法人自らが弾力的に決定することが可能になることはメリットだが、果たしてそういった体制の変化が、人材確保と人材育成にどのような影響を与えるのであろうか。

本研究では次の 2点をリサーチクエスチョンとして、独法病院の対象者にインタビューを実施することによって、どのような条件の下で人材確保、処遇、人材育成について独法化のメリットを享受できるのかを探索的に解明していくことを目的としている。

RQ1独法化によって人材確保、処遇、人材育成にどのような変化があり、目指された成果をあげることができているのか?RQ2独法化によって職種により人材の確保に違いが生じているか

 

2.研究方法

都立病院から独法化した病院について、経営的な状況や運営に関する決定機関が都議会であることや、都立病院が独法化によって歩む先を進んでおり、東京都職員の身分から独法職員に移行している職員が多いことから、インタビュー対象者の中で都立病院と独法病院の比較が容易であること、身近に独法の状況や問題点を調査することが可能であると考え、まずプレインタビューの対象とした。

また、プレインタビューを実施した病院は東京都の身内のような存在であり、東京都という大きな組織を離れて自由になった面がある一方で、独法化後 11年経った今でも東京都の運営方法に影響される部分が大きい。そのため本インタビューでは「人材確保」、「人材の処遇」、「人材育成」の 3点に焦点を当てて質問を再構成し、プレインタビュー対象者にも再度インタビューを実施して、さらに深く掘り下げた意見を引き出すように工夫した。また、職種をもっと増やして幅広い意見を聴取するようにした。

そしてリサーチクエスチョンに対する解答が他府県の独法病院にも共通するものなのかどうかを確認するための探索的研究として他府県の独法病院の職員にもインタビューを試みた。

 

3.研究結果

「人材確保」、「人材の処遇」、「人材育成」について、各病院の現状を分析した。

まず「人材確保」は本来独法化のメリットが最も生きる項目で、計画的に実施できればその後の人材育成にもプラスの影響を及ぼすが、採用試験のための現場の負担は大きく、単独の病院ではなおのことである。

次に「人材の処遇」については昇格のポストや選考方法が課題になっている。特に職員数が多い看護師では今後問題が浮上してくる可能性がある。

単独の病院ではポストが限定されていることが職員のモチベーション低下につながると思われたが、元々ポストが少ない病院は影響がかえって少ない。東京の場合はポストが見えているのに、プロパーの物にはならないことは、今後のあり方を考える課題であろう。

そして「人材育成」についてはスケールメリットを生かして、計画的に運営されている病院もあった。やはり単独の病院で 1, 2名の採用に対して組織としての教育から専門職の知識や技術を付与することまで自前で完璧に研修を行うことは難しい。

そしてこの 3つの課題にはまりきらなかったコンフリクトと、良好な体験について、どちらも職員のモチベーションと定着率に関わる課題であると考えて取り上げた。コンフリクトはポストや仕事のやり方をめぐって主に事務職の間で生じており、係長級までになっても、その後離職してしまう減少につながっていると考える。逆に高齢者看護や精神科看護で得られる良好な体験は、さらに技術を高めたい、患者の役に立ちたいというモチベーションにつながっている。

 

星埜邦彦「育児休業経験が復職後の個人に与える影響について-ジョブ・クラフティングへの効果に着目して-」

 

【要旨】

近年、ワーク・ライフ・バランスへの注目が集まっており、その一環として、育児休業制度が法的に設けられているが、育児休業を取得した女性におけるキャリアアップの阻害や男性の育児休業取得率の低さが課題とされている。それにあたって重要なことは、育児休業を取得することによって、各個人に与えられる影響をより一層明らかにすることである。そこで、本研究では、育児休業から復職した後の職務に対する積極的な姿勢を測ることや育児休業取得を契機にワーク・アイデンティティが変化する過程を読み解くための概念として、ジョブ・クラフティング(以下、 JCという)を用いて、育児休業経験が復職後の個人に与える影響を検討した。より具体的には、どの育児休業経験が JCの 5つの次元( Weseler & Niessen ,2016)にどのように影響しうるか、またさまざまな種類の育児休業経験が同時に経験された際、 JCの 5つの次元にどのように影響しうるかを調査・分析した。

育児休業中の具体的な経験については、先行研究において一般化されたモデルはないため、まず育児休業経験者 7名に対して半構造化インタビューを行った。その後、インタビューデータを SCAT( Steps for Coding and Theorization)分析し,その具体的経験を探索的に検討するとともに、先行研究と比してその妥当性を確認した。

本調査として実施した質問紙調査は、復職後 3年以内の育児休業経験者のうち、 1ヶ月以上の育児休業取得者を主に対象として、最終的に 300名の回答を得た。質問項目は、先行研究と自らの調査によって広く設定した育児休業経験に関する質問や JCに関する質問、育児休業取得前後の状況に関する質問等で構成された。

質問紙調査の回答結果を基に因子分析及び重回帰分析を行った結果、育児休業経験の「内省」は認知 JCに、「育児対応・充実」は、タスク拡張 JC・関係拡張 JC・認知 JCに正の関係で有意に働いた。一方で、「育児解放願望」は認知 JCに負の関係で有意に働くこととなった。また、育児休業経験の「内省」と「育児対応・充実」及び「内省」と「育児解放願望」の交互作用は JCに有意な関係は見られなかった。

本研究の結果は、育児休業経験の尺度を更に探索できたことと育児休業経験と JCの関係を明らかにする研究を更に深めたことに理論的貢献がある。加えて、実務的貢献として、育児休業経験が与える影響を更に明らかにしたことが各職場のマネジメントの一助につながる可能性があること、育児休業取得者が育児に対して辛いと思わせない更なる支援の必要性を示唆したこと、育児休業の諸課題に取り組むためには育児休業取得によるインセンティブを社会的に提供するアプローチが必要だと示唆したことが挙げられる。

 

森山知英子「自主管理チームで働く人の組織行動に関する一考察~政治スキルをキーワードとして」

 

【要旨】

 実務では自律的な働き方を推し進める組織形態に対する関心は高い(社長アンケート/日本経済新聞2019年12月26日掲載)。この背景には、「自律的な働き方を推し進めればモチベーションが向上してパフォーマンスに良い影響が出る」という一般論があると思われる。学問的には、約40年にわたり、自律的な働き方を許容する「組織の階層(ヒエラルキー)及び規則に極力頼らずに分権的に(自律的に)様々な調整を図る」柔軟な組織形態が存在しうるか議論がなされているものの、未だ議論は収束していない。ただ、階層や規則に極力頼らないで自律的に様々な調整を図るというコンセプトを「業務遂行」及び「業務管理」の範囲で実施している自主管理チームが存在することにつき異論はなく、自主管理チームで成果を出すためには、どのような運営をすればよいか議論されている。

 上記の学問的・実務上の課題を踏まえ、本論文は、自主管理チームに着目し、自主管理チームで働く人の組織行動を検討することにより、「裁量がある働き方」「自律的な働き方」は働く人のモチベーションを向上させて職務パフォーマンスを高めるという一般論を、当該一般論では考慮されていない政治スキルという要因を踏まえて再検討した。

 本論文では、先行研究の検討を通じて、自主管理チームの職務パフォーマンスの効率性につき、職務の自律性により一定程度の説明が可能であることを確認した。そして、職務の自律性だけでは説明しきれないという批判的な見解もあることを踏まえ、モチベーション以外の要因が自主管理チームの効率性に影響を及ぼさないか検討を行った。自主管理チームの先行研究を探索した結果、自主管理チームの効率性を高めるには「タスク依存性」及び「コンフリクト」への対応が必要であり、タスク依存性及びコンフリクトヘの対応には、Mintzberg(1983)(1985)が提唱してFerris(2005)が具現化した政治スキルが有効であると推測した。そのうえで、(a) 政治スキルは職務パフォーマンスに正の影響を与える(仮説1)、(b) 達成志向モチベーションは、政治スキルと職務パフォーマンスの関係に影響を与える(仮説2)、(c) 自主管理の度合いは、政治スキルと職務パフォーマンスの関係に影響を与える(仮説3)、(d) 向社会モチベーションは、政治スキルと職務パフォーマンスの関係に影響を与える(仮説4)という仮説を検証すべく、Web上でアンケート調査(対象者:従業員数100人以上の企業の自主管理チームで働く正社員)を実施した。調査結果を分析したところ、職務パフォーマンスを目的変数、政治スキルを説明変数とする重回帰分析において政治スキルは有意でかつ正の影響を与えることが判明し、仮説1は支持された。また、政治スキルと職務パフォーマンスの関係における政治スキルと達成志向モチベーションの交互作用項は有意とならず、仮説2は棄却された。政治スキルと自主管理チームの度合いの交互作用項は有意となり、仮説3は支持されたが、政治スキルと向社会モチベーションの交互作用項は有意とならず、仮説4は棄却された。

 本論文の理論的な意義は、「裁量のある働き方」「自律的な働き方」を許容する自主管理チームの職務パフォーマンスに正の影響を与える変数として、モチベーション以外の要因である政治スキルを検討したこと、政治スキルは自主管理チームの度合いの影響を受けて職務パフォーマンスにより大きな影響を与えることを明らかにした点にある。

 実践的な示唆としては、自律的な働き方を許容し、かつチームの裁量度(自律度)を高めるならば、メンバーに専門的な知識を有するだけでなく高い政治スキルを保有する者を選定する必要があるということがあげられる。また、政治スキルを保有することが求められることを踏まえると、自主管理チームのような自律的な働き方は、必ずしも自由な働き方ではなく個人の負担が重い働き方になる可能性があるということもあげられる。

 日本において、自主管理チームにおける組織行動を検討するといった自律的な働き方を推し進める組織の組織行動に関する研究は少ない。今後、インタビュー調査を含めた学術的な実態調査が実施され、更なる検討が行われることを期待したい。

 

無津呂将佑「営業職における上司の支援が部下の経験学習サイクルに与える影響について」

 

【要旨】

近年、人材育成が企業、マネージャーにとって、克服すべき課題となっており、一方、社会的要因と経験学習に関する定量的研究が乏しいといった背景がある。この背景を受け、本稿では、上司の支援が部下の経験学習に与える影響について、経験学習に影響を与えると想定される各種要因を考慮の上、明らかにすることを目的とした。

経験学習に関する先行研究を調査すると、経験学習の理論モデルとして、 Kolb( 1984)が作成した経験学習サイクルがあり、また経験学習は、経験特性、学習者の特性、社会的要因といった様々な要因から影響を受けることが確認された。そこで、本稿における研究では、上司の支援による部下の経験学習サイクルへの影響を正確に測定すべく、経験学習サイクルへ影響を与える各種要因を統制の上、調査研究をおこなった。

調査にあたり、独立変数である上司の支援として、業務支援、内省支援、精神支援の 3種類の支援を、従属変数である部下の経験学習サイクルとして、具体的経験、内省的観察、抽象的概念化、能動的実験の 4段階で構成される経験学習サイクルを用いた。そして、本研究で使用する各変数について、先行研究で使用実績のある尺度を用いて質問票を作成し、営業職に従事する営業経験年数 6年未満の会社員 300名を対象に、インターネット調査を実施した。

インターネット調査の回答結果をもとに階層的重回帰分析を実施した結果、上司の業務・内省支援は、部下の経験学習サイクルの 4段階すべてに対して有意な正の影響を与え、上司の精神支援は、部下の経験学習サイクルの内、能動的実験に対して有意な負の影響を及ぼすことが明らかとなった。また、上司と部下の関係性が良好なほど、上司の業務・内省支援による、部下の抽象的概念化と能動的実験に対する正の影響が強まることが明らかとなった。

本稿における研究結果は、理論面、実務面において、それぞれ次の貢献をもたらすと考える。理論面では、経験学習に影響を与える重要な社会的要因である上司の支援と部下の経験学習サイクルの関係について、定量的に明らかにしたということ。実務面では、業務多忙により部下の育成の時間が限られるマネージャーに対し、効果的に部下を育成するための支援について、インプリケーションを提示したということである。