◆ビジネススクール(高度職業人養成プログラム)
桐山尚「シェアド・リーダーシップの規定要因の検討―医薬品開発チームを対象にした定量的・定性的検討―」
【要旨】
歴史的に、研究者はリーダーシップをチーム内の一個人、つまり公式リーダーからのトップダウンの序列的な影響力と定義してきた。ところが、現実世界において、リーダーシップが個人レベルのみで実行されることは希であり、むしろ、リーダーシップと分類される行動的役割は、複数の個人に担われるようになった。1990年代から出現したこうしたシェアド・リーダーシップ概念は、集団やチーム内の複数のメンバー間で発揮されるものであり、シェアド・リーダーシップ開発には、チーム・レベルでの規定要因を検討するのが、即効性があり有効と考えられる。一方、シェアド・リーダーシップの従属変数については多くの実証研究はなされているものの、その規定要因、特にチーム・レベルの実証研究は少ない。そこで、本研究では、活動プロセスにおける不確実性が高いと考えられる医薬品開発チームを対象に、シェアド・リーダーシップを規定する要因について定量的・定性的に検討した。
その結果、シェアド・リーダーシップと各要因との相関関係の検討から、「チームの内部環境」(「目的の共有」、「社会的サポーチ」、「voice」)、「同僚メンバーからの尊重」、「集団凝集性」、「職場特性」のうち「コミュニケーションの積極性」の6要因がシェアド・リーダーシップと正の相関関係を示した。一方、インタビュー調査の結果から、実際のチームにおいては、まず、リーダーによる目標や目的の共有が行われ、積極的に権限委譲がなされる。その際、メンバーは自分が期待通りに業務が遂行できているか不安に陥る場合がある。しかし、リーダーがサポートし、チーム内で積極的にコミュニケーションを図り、メンバー間で相手を尊重し合う環境をつくることでそれが解消されるのではないかと考えた。このように、まずは公式のリーダーがリーダーシップを発揮し、チーム・メンバーがシェアド・リーダーシップを発揮しやすい環境づくりを行うことが重要と考えた。
久保田昇「自己効力感再生プロセスに関する探索的研究―路上生活者の再生を後押しする『有限会社ビッグイシュー日本』と販売者の事例から―」
【要旨】
個人のキャリア形成に影響を与える近年の変化として、組織や職種、上司と部下の関係における枠組みが緩くなっている点、キャリア形成における個人の意思や行動が重要視され、変化に対して個人の知識や技能を価値あるものにしていくという自己発展の責任がより強調されている点が挙げられている(金井,2002)。したがって、自己発展の為の規制メカニズムの中核として、自己効力感は個人のキャリア形成に、より重要な役割を担うと考えられる。
本研究は、さまざまな事由で路上生活という深刻な社会的排除 の状況に至った当事者が、ホームレス状態の人の自立を支援することを使命とする社会的企業、「有限会社ビッグイシュー日本」の販売者となり、ストリート・ペーパーの路上販売を通じて自己効力の信念を回復させ再生していくプロセスについて、Bridges(1980)のトランジションモデルをフレームワークに、当事者および関係者に対する定性的調査によって探索的に解明していくことを目的としている。
本研究では、約6か月に及ぶ参与観察とインタビューの他、リサーチサイトから提供されたアンケートデータを、コーディングによる脱文脈化、再文脈化を繰り返すグラウンデット・セオリー・アプローチ(GTA)によって分析し、自己効力感や自己肯定感を回復させていくプロセスをストーリーラインにまとめた。
結果、社会的排除にあった当事者が、自己効力感を回復させる循環プロセスの存在と、そのプロセスを循環させるための原動力と障害の他、当事者とスタッフの相互作用によって生み出される「場の力」の重要性が明確になった。さらに、循環プロセスを回し続けることで遭遇する「良き偶然」のインパクトを明らかにすることができた。
すなわち、路上生活という極端な社会的排除の状態であっても、成功体験を積み重ねられるような学習サイクルを循環させる事が可能であること。そして、そのサイクルを善循環にするには、当事者を支える制度的なしくみと、信頼と受容による他者との相互作用が必要であることが本事例でも明らかにされた。しかし、現実には、ポジティブな感情とネガティブな感情を頻繁に行き来するだけで、先が見えない悪循環に陥るケースも多く、「良き偶然」に出会えることが重要であることが観察の中から見えてきた。
今後は、「ガソリンが切れた」といったモチベーションの低下や、自己の夢や希望と現実の狭間で身動きが取れないなど、キャリア中期から後期において見られる諸問題を抱える人(Schein,1978/二村・三善訳,1991)や、長期の失業などで孤立、自己効力感を喪失してしまった人の回復プロセスへの適用についても、「良き偶然」との出会いをデザインし、活かすことも踏まえながら研究を拡大させていきたい。
小坂翔吾「高LMXがもたらす行政組織における高業務効率と高満足度の両立の検証」
【要旨】
昨今、人口減少の波を受け企業や自治体における人員確保は課題となっている。また、国家公務員の定年年齢の引き上げが検討されていることから、採用は増やせないが現在の職員はより長く雇用するという必要が出てくる。
一方で、住民ニーズの多様化、地方分権や行財政改革の進展等によって、地方公務員を取り巻く環境は複雑かつ多様化しており、職員一人一人に求められる役割や責任がより一層高まってきているため、公務員の長期病気休暇取得者が増加傾向にある。職員にかかるストレスが増大し、仕事に対するモチベーションが持てないことなどによるメンタルヘルスの不調を生じ、療養を余儀なくされる職員も少なくない。メンタルヘルス不調の職員の発生・増加は、個々の職員の職務遂行能力や職場の活力の低下を招き、公共の福祉の増進という地方公共団体の役割の遂行に支障を来しかねないことから、管理・監督者層による職場マネジメントが非常に重要となってくる。しかし、国主導の「働き方改革」により、ワーク・ライフ・バランス(以下、「WLB」という。)を考慮したマネジメントの重要性が増し、WLBの実現に向けた職場環境の整備は重要となっている。
私の所属する千葉市は、政令指定都市の中でもワーストに位置するほどいまだ財政状況が厳しい中で、都市間競争の激化、行政ニーズの多様化など未来に向けた投資を行わなければならない。しかし、税収は増えず、限られた人材と財源でより多くの業務をこなさなければならないという状況である。したがって、今いる人材を「人財」としていかに活用していくかが大きな課題であるため、適切な職場マネジメントは非常に重要なものであるといえる。同時に、WLBの実現を考えると、職員の職務に対する満足度と生産性の向上を両立させた職場マネジメントが必要となる。また、本市職員実態調査においても指摘されている、職員の満足度と納得度に強い相関を示す「職員としての誇り」についても、職務から得られる充足感につながるものであり、WLB実現には重要な要素であると言える。これらが満たされるためには、マネジメントを行う上司が、部下との良好な関係を保ち、働きやすい環境を整えることが重要となる。
そこで、マネジメントを行う上司と部下の関係に着目し、LMXの成立と職員の職務満足、そして職員としての誇りの向上との関係性を検証し、市における人材マネジメント施策への示唆を得るため、千葉市職員を対象に質問紙調査を実施し、研究を行った。
質問紙調査は、インターネットにて実施した。調査対象は、正規・非正規を問わず、また、職層も主事級(1級職)から局長級(8級職)まで全職層の職員を対象とした。職種についても、調査段階では全職種を対象とし、分析段階で専門性の高い職種(教員など)を除外することとした。対象者数は、平成30年4月1日11,685人であった。
調査に際しては、千葉市総務局総務部人材育成課の協力を得て、市ネットワークの掲示板を活用し、広く回答を集めることができ、結果として集まった回答数は、123人(対象に対する割合は1.052%)であった。
この調査で得た結果をもとに分析を行った結果、千葉市においては、先行研究で示すとおりLMXが職務満足を高めること、また、職員としての誇りが職務満足を高めることがわかり、労働市場の変化により採用そのものが難しくなっている昨今において、今いる職員をよりよい環境で仕事ができ、十分な結果を残せるようにするため、LMXの質を高めるような施策を実施していく必要があることがわかった。
島田健太「進取的行動の諸次元と職務特性の関係性~生命保険会社における定量調査に基く検討~」
【要旨】
本研究の目的は、職務特性と進取的行動の関係性について対象企業に対する量的調査に基づき理論的・実務的考察を深めることである。目的の背景には①実践的な問題意識と②理論的な問題意識がある。①の実務的な問題意識は、企業が持続して成長していくためにイノベーションを起こし続け社会的価値を高めていかなればならない。そのため、企業は、イノベーションを起こすために所属員に対して新たなサービスや付加価値を生み出すための行動を強くもとめている。しかし、そのような行動を求めるにしても抽象的になりがちであり、具体的にどのような行動を従業員に促せば良いのかが明確でないことが多くある。その中、所属員の行動として進取的行動(proactive behavior)が注目されている。進取的行動とは、自の役割や仕事を拡張したり、仕事の上で様々な工夫をしたりする行動である。②の理論的な問題は、先行研究により進取的行動の先行要因として職務特性理論を中心とした研究が進められているものの、進取的行動と一言で言ってもそれを構成する次元が複数存在しており、次元毎にどのような要因が寄与するかの研究は十分でなく、掘り下げられる余地があると考える。これらの問題意識から本研究の具体的な目的は、(a)部門の違いによってどのような進取的行動に影響を与えるかを導き出すこと(b)進取的行動の諸次元に影響を与える変数および諸次元毎の違いを抽出することである。調査対象は、筆者が所属する生命保険会社の従業員に対して質問紙による定量調査を実施した質問項目は、大きく分けて進取的行動・職務特性・デモグラフィックの3分類とし、それぞれの概念を構成する次元を設定した。調査は、2018年9月にWeb上に質問紙を作成し、調査対象者に配布し、結果として103名から回答を得た。回答者の内訳は、性別は男性55名、女性48名であり、所属部門は、営業・マーケティング部門、契約管理部門で50%対50%であった。進取的行動を示す従属変数として進取的行動(ヴォイス、テイキングチャージ、問題の予防、個人の革新の平均値)、ヴォイス、テイキングチャージ、問題の予防、個人の革新の5つの次元を設定し、職務特性理論から独立変数6次元を採用し重回帰分析を行った。
その結果、主に職務の自律性、社会的支援、仕事の相互依存性が進取的行動に強い関係があることが示された。具体的には進取的行動は、職務の自律(0.252*)、社会的支援 (0.313**)、仕事の相互依存性 (0.244*)のうち社会支援の作用が最も高く、ヴォイスは職務の自律性(0.275**)、社会的支援 (0.261*)、仕事の相互依存性 (0.220*)のうち職務の自律性の作用が最も高いと示された。しかし、それぞれの従属変数を詳しく見てみると従属変数毎に強く作用する独立変数が異なることがわかった。その中でもテイキングチャージと個人の革新は特異な結果であった。次に今回の調査結果が示した部門毎の差異については、従属変数いずれも営業・マーケティング部門と契約管理部門では影響を及ぼす独立変数が異なることが示された。営業・マーケティング部門において、進取的行動に寄与する要因は職務の自律(0.412*)、社会的支援 (0.400*)である。売上などを目指す営業や営業支援のような職種においては、職務の自律性が進取的行動を促すために必要であることがわかった。また、進取的行動を促す要因として最も影響の大きな要因が社会的支援であり、上司や同僚達からの支援が得やすい環境が必要と言える。契約管理部門においては、進取的行動に寄与する要因は仕事の相互依存性 (0.576**)であった。契約管理部門のような他部署や他チームの前後工程とつながっており相互依存する職種にとっては、仕事の相互依存性が進取的行動に大きな影響を与えることがわかった。また、目標の相互依存性が進取的行動にマイナスの影響を与えることから、契約管理部門のような部門に対する過度な目標の圧力は、進取的行動を促すところかマイナスに作用する結果となった。
本研究では、進取的行動の次元ごとの差異や部門の特性による進取的行動への影響への研究を行った。今回の研究のリサーチクエスションである「部門の違いによって職務特性と進取的行動の関係が変化するのではないか」「進取的行動の次元に応じて作用する独立変数が異なるのではないか」に対してその問いを支持する結果となり、進取的行動の諸次元と職務特性の関係性および部門(職務)の違いがどのように進取的行動の諸次元に影響を与えるかを深堀できたことは学術的・実務的価値があると考える。その一方、今回の研究は、筆者の所属する生命保険会社で行い、調査に対する制約の関係でサンプル数が103件と決して多くない数となった。そのため、他の業種やサンプル数が異なることで違う結果になる可能があるが、職務特性と進取的行動の関係性を進取的行動の諸次元まで掘り下げ、次元毎の差異と部門など職務に違いによる進取的行動の諸次元に対する影響について示唆を生み出せたことは、学術的・実務的価値があるものだと考えている。
星雄樹「仕事に対するPsychological Ownershipと当事者意識〜構成要素、先行要因、結果要因に関する定性・定量調査に基づく比較分析〜」
【要旨】
本研究では日本企業における仕事に対するPsychological Ownership (PO)と仕事に対する当事者意識を比較することを通して両概念の構成要素、先行要因、結果要因の共通点と差異を定性・定量調査により分析した。結果として、POは自我や効力感を反映するものであり、強い心理的な結びつきゆえに縄張り意識など組織にとって望ましくない行動につながることが示唆された。当事者意識に基づく関係では、仕事に特別な価値観を見出さないことが客観的かつ合理的な判断につながり、重要性や必要とされる役割に応じて行動を選択する傾向にあることが示唆された。
本研究における当事者意識の定義は、国語辞典を参考に「ある仕事に自分自身が関係しているという認識」とした。POの定義は先行研究から「個人が対象に対して持つ所有意識や、対象を自分のものであると感じている状態のこと」とした。POおよび当事者意識の対象は“自分が最も時間を費やしている仕事”である。すなわち、本研究は「私はこの仕事の当事者だ」という気持ちと、「この仕事は私のものだ」という気持ちを比較したものである。
調査方法は、インタビューに基づく定性調査と、アンケートに基づく定量調査である。インタビューは首都大MBAに通う6名を対象に、日本企業におけるPOの存在の有無や、POと当事者意識の共通点と相違点の抽出を行った。定量分析はインターネット調査会社のアンケートから得られたデータを用いた。アンケート調査は2回に分けて行い、1回目は先行要因と構成要素を、2回目は結果要因を中心に調査した。
定性調査に基づく分析では、PO・当事者意識とも、効力感と一体となって現れることや、共通の先行要因(任され感、裁量、共感、自分からはじめた仕事)によって生じることが確認できた。また、結果要因については危機感と結果責任が共通していた。相違点として、先行研究でPOの構成要素として掲げられていた、アイデンティティと帰属意識との関連性はPOにのみ確認できた(当事者意識には確認できなかった)ことが挙げられる。また、結果要因では、縄張り意識と変革への抵抗感については、POにのみ確認できた(当事者意識には確認できなかった)ことが挙げられる。
構成要素についての定量分析(因子分析)では、POは効力感(尺度例:私はこの仕事において良い意味で違いを生み出すことができると思う)とアイデンティティ(尺度例:私はこの仕事の結果を自分のことのように感じる)で構成されることが明らかになった。一方、当事者意識には効力感とアイデンティティが構成要素として含まれないことがわかった。
先行要因についての定量分析(重回帰分析)では、POは威信(尺度例:この仕事に従事することは、誉れの高いことだと考えられている)に強く影響される点が特徴的で、POと本人のアイデンティティが深く関わっていることが裏付けられた。一方、当事者意識は、POでは関係性が示されなかった仕事の重要性(尺度例:大局的に見ると、この仕事は大変重要で意義がある)や仕事の複雑性(尺度例:私の仕事は比較的単純なもので構成されている(逆転項目))と有意な関係が示された。これは、仕事に対する当事者意識は、構成要素に効力感とアイデンティティを含まないことから、仕事をあくまで仕事として認識している状態といえるので、最小限の労力で適切に処理するために、仕事の特性から自分の関与度を決めていることが要因と考えられる。
結果要因についての定量分析では、POのみ、縄張り意識(尺度例:社内の他の人が私の仕事をしないように守る必要性を感じる)と情緒的コミットメント(尺度例:私は会社に愛着を感じている)と有意な関係が示された。これは、個人はPOの対象から心理的な安全地帯を確保するために他者を侵害者として遠ざけたり、自身とのつながりが強い仕事を提供する組織へ愛着を感じることによると考えられる。一方、当事者意識は、単に対象との関係性を認識している状態なので、より客観的に対象を評価・認識することにつながり、予防措置的行動(尺度例:その仕事についてトラブルが生じた時には、再発防止策の検討に時間をかけるつもりだ)のような、組織にとって望ましい行動に対して関係性を示した。
このように、仕事にPOを感じるということは、仕事は自我の表れでもあり、また仕事は効力感の根源でもあるということである。但し、POは必ずしも組織にとって有効な行動に結びつくとは限らないことが示された。一方、仕事に当事者意識を感じるということは、仕事に対して特別な感情を抱いていない状態であり、より客観的で合理的な行動につながることが示された。
本研究の価値は学術的には日本企業におけるPO研究の先駆けである点や、仕事や経営の文脈における当事者意識の研究において新たな分野を切り開いた点である。
本研究の限界は、結果要因の測定変数がやや限定的であった点である。本研究の結果は一見すると、当事者意識の方が優れているように見えるが、他の要素(ねばり強さ等)を測定していれば、総合的にはPOの方が優れているという結論に至ったかもしれない。また、POと当事者意識がそれぞれ有効に機能する状況を検討することが、マネジメント上有望である。